奪われた僕と奪った私

脳幹 まこと

奪われた僕と奪った私


 真夜中に歩くのは私が最もしてきたことかもしれない。


 夜は常に味方だった。静かで、穏やかで、星や雲に見守られているような気がして、安心できた。


 歩くことで色々なイメージが整理される。それらが一筋の天啓となって私の窮地を救ったことが何度もあった。


 長年の勤労が報われて社長になったのも、深夜の散歩のお陰なのだろう。


 ああ。

 記念すべき日のおかげか、気持ちが大きくなっている。


 三〇年前のことを思い出す。その日は私の誕生日であると同時に、【僕】の命日でもあったな。



 当時平社員だった【僕】に、はじめての企画プレゼンの機会がやってきた。

 入社してからずっと、先輩の下についてサポートするか、社内の雑務をする程度だったのだが、いよいよ独り立ちに向けて動き出すことになった。


 プレゼンをするにあたって、言葉遣いを徹底的に教育された。

 その際に先輩から口を酸っぱくして言われた。


「いいか。言葉遣いで本当に警戒すべきは一人称だ。敬語・丁寧語はちょっとおかしくても話す分にはバレにくいが、一人称は確実にバレるし、幼く感じられる」


 発表が前日に控えた時も、深夜の散歩に出かけていた。

 歩きながらぶつぶつと呟く。深夜ならば人が通り過ぎることは稀だから、比較的安心だった。

 集中すると周りが見えなくなるものだ。


 私は背後からやってきて【僕】に覆いかぶさった。


「心配するな、これから先は私が上手くやる」


 翌日のプレゼンが成功したのは言うまでもない。



 私に罪悪感はない。


 人は状況に応じて姿を変える。会社にパジャマで来る人がいないのと同じだ。

 私が身体を奪った【僕】も、過去に【オレ】とやらの身体を奪っている。

 この星空の下で。


「社長就任おめでとう」


 私も【僕】のことは笑えないか。夜闇やあんには魔物が棲むと、分かっていたはずなのに。


「ちと貫禄が必要だとは思わんか?」


 後ろを向いてももう遅い。


「確かにこの身体、わし・・が貰い受けた」

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