深夜の踏んだり蹴ったり
蒼河颯人
深夜の踏んだり蹴ったり
僕は散歩をするのが日課だ。
それも、深夜にしている。
何故かって?
深夜の方が静かで、誰にも邪魔されないからだ。
ほとんど車が通らない道路の静けさ。
お化けか何かが出てきそうで出てこない、何とも言えない緊張感。
街頭でほんのりと彩られた暗闇。
闇の中で浮かび上がる自動販売機。
マンションの各部屋からごくわずかに漏れる小さな灯り達。
全てが幻想的に見えて、この世のものとは思えないような不思議な温もりを感じる。
生き物の大半が活発に動いている明るい時間帯だと、賑やかすぎてこうはいかない。
全ては、この時間帯による素敵な静寂のなせるわざだろう。
今日の夜空は、やや曇っている。
月は雲がかかっているのか、良く見えない。
真っ白い星が瞬いているけど、昔はもっとたくさん見えた気がした。
そう思いながらいつもの散歩道を歩き続けていると、何かが足元にぶつかり、突然目の前の景色が消えて真っ暗になった。
「うわっ!!」
ガッシャーン!!
慌てて両腕を前に突き出したから顔を地面にぶつけずに済んだが、僕はどうやら前にむかって大いにこけてしまったようだ。
痛いなぁと顔を上げて後ろを見てみると、僕の足を捕まえた元凶は、横倒しの自転車だった。
誰だよ〜こんなところに置きっぱなしにしたやつ。たまたま倒れていただけなのかもしれないけれど。暗い道路で見にくいんだから、危ないじゃないか! 一歩間違えたら骨折してたかもしれないというのに。何とも迷惑な危険物に遭遇するとは。
ふと足元を見ると、こけた際にどこかで引っ掛けてしまったのか、左足の膝頭の部分にかぎ裂き状の穴が空いていた。
(あーあ、お気に入りのジャージに穴があいちゃった。一体どうしてくれるんだよ、全く! )
僕は心の中で文句を言いつつ、その自転車を邪魔にならないように建物の壁に寄りかからせるように立てかけ、気を取り直していつもの日課を続けた。
電気を消してすっかり闇に溶け込んでいる道路の脇を歩いていると、今度は何か変なものをふんだ。柔らかいようなかたいような、どこかもさっとした感じ。それと同時に足元から「ギャオン!」という鳴き声が……。
――嫌な予感しかしない。
(ヤバいヤバいヤバい!! しっぽを踏んでしまうなんて!! でもどうしてこんなところに野良犬がいるんだ!? 普段いないのに!? )
慌てた僕は大急ぎでその場を逃げ出し、全力疾走した。後ろから怒りの唸り声と鳴き声が追いかけてくる。夜遅いので声をあげるわけにもいかず、心の中で被害犬に謝りながらひたすらまくことに専念した。
◇◆◇◆◇
怒れる野良犬を何とかまいた僕は、もうへとへとだった。
今日は何かついてない日だな。
そろそろ家に帰ろうとマンションまで近付き、ああ、今日は月イチのペットボトルを捨てる日だったっけ? と思い出した。いけない。うっかりしていた。先月日にち間違えて出しそびれて、部屋にペットボトルの空がいっぱいたまっている。
真っ暗闇の中、ゴミ収集場のボックスに書いてある、収集の曜日を確認していると、急に後ろから肩を叩かれた。背中に電撃が走る。
「ちょっと宜しいですか?」
低い声がする方を見ると、警察官が立っていた。
彼は苦虫を噛み潰したような顔をしている。僕、何か悪いことをしたっけ?
「何をしているんですか?」
「え? ただプラスチックゴミを出す日を確認していただけですけど?」
「……」
訝しげな表情は変わらず。おかしいな。僕は、どうやら不審者と疑われているらしい……?
「あの……あれは僕が住んでるマンションで、ここはそのゴミ収集場なんですけど……」
「身元保証人はいますか?」
その警察官は、僕の言う事など聞く耳を持たないようだ。
僕は生憎一人暮らしで、すぐ近くの知人はいない。こんな時間帯だからさてどうしようかと考えていたら「ちょっと署までご同行願います」と、強引に連れ去られてしまった。
◇◆◇◆◇
何とか連絡がとれる人で、丁度起きていた友人が一人見付かり、凄い時間帯だが迎えに来てもらうハメになった。
自分の家のゴミ収集場で職務質問でとっ捕まる奴って、果たしているのだろうか?
僕は、しばらく明るい時間帯に散歩をしようと心に決めた。
深夜の踏んだり蹴ったり 蒼河颯人 @hayato_sm
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