立ちふさがる黒い影

かみさん

立ちふさがる黒い影




 夜は良い。

 昼間の喧騒が嘘みたいに静かで。


 夜は良い。

 車の廃棄ガスによって汚された空気が、束の間の癒しを得て澄んでいく。


 夜空に瞬く星はきらめき、深夜の散歩道を照らしてくれている。

 それは、散歩というアテのない道筋を示してくれているようで。


「やはり、夜は良い」


 日中の仕事を終え、執筆に行き詰まった深夜。

 明日が休みだからこそ、こうやって息抜きに散歩が出来る。


 冷えた空気が熱を持った脳を冷まし、冷えて縮まった分、新たな発想をもたらしてくれるかもしれない。

 そんな気分だ。


「やはり夜は……何だ?」


 ふと、気配に気づく。

 暗がりの向こう。その奥に何かがいた。


 はっはっはっ……という息遣い。

 闇の帳の奥に光る二つの眼光。

 得物を狙うような低い姿勢は、いつでもこちらを狩れるとでも言いたげだ。


 その正体を探ろうと一歩踏み出せば、影がビクリと反応。

 一定の距離を保ち、こちらの様子を伺ってくる。


 逆に一歩後ろへ。

 それでも影は反応し、ビクリと姿勢を下げた。


 右へ、左へ。

 反復横跳びでもするかのようにフェイントをかけても、影はその度に体を反応させるだけだ。


「いったい何なんだ……?」


 その声にも影は反応を返すが、決して言葉は返ってこないのだ。


 気味が悪い……。


 相手の正体が分からない以上、迂闊に近づくことは出来ない。

 どのくらいにらみ合っていただろう?


「わかったよ、帰る」


 急な邪魔が入ってしまったが、ある程度気分転換は出来た。

 このまま帰るのも負けた気がして嫌ではあるが、これ以上はやぶ蛇になりかねないだろう。


 クルリと反転し、夜の道を引き返す。


 突然の予定変更。

 それでも星々は対応してくれるらしい。

 薄暗くも、薄っすらと照らされた夜道。

 それは、これからの執筆を応援してくれているように思えて。


「やっぱり夜は良い」

 

 ふぅと白い息を吐き出し、家路につく。

 その背後で「ワン!」という鳴き声が聞こえたが、気のせいだろう。

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立ちふさがる黒い影 かみさん @koh-6486

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