深夜のおじいさん(KAC)

しぎ

深夜の帰り道

「あ〜……ったく〜……」


 意識しないうちに、声が漏れる。

 頭がガンガンする。視線が定まらない。

 油断すると、変な方向に歩きそうになる。


 深夜の住宅街。周りの家に明かりは付いておらず、歩く人もいない。

 そりゃあそうだ。

 俺は勤務先近くのチェーン店の居酒屋で同僚と飲みまくり、終電で1時間かけて帰ってきて、今自宅アパートへの道を歩いている。

 もう午前1時を回っているだろう。そんな時間に歩いている人なんて、俺みたいな終電飲み帰りのサラリーマンぐらいなもんだ。


「すみませ〜ん、工事中なんて一本向こうの道回ってくれます?」

 ガードマンのおじさんにそう言われ、まっすぐ行くところを右へ曲がる。


 ……こっちの道、雰囲気良くないんだよな……



 今日はひたすら、失恋した同僚の愚痴を聞いて慰める会だった。

 いや、別にそれはいい。

 問題なのは、それを彼女いない歴=人生の俺がやっていることだ。

 なんで恋愛したくてもできない人が恋愛してるけどより好みしてる人の話聞かなきゃいけないんだよ。

 なんだよ、当てつけか。


「あ〜! も〜!」


 その声が俺から出たものだとわかるのに少し間がある。

 他に人はいないんだから、当たり前だ。

 小さな交差点へ出る。当然右からも左からも、人や車は来ない。


「どうした」



 ……?


 幻聴まで聞こえてきた。やっぱ相当飲みすぎたな、今日は……



「そこのあんたじゃ」


 ……いや、確かに聞こえた。



 振り返ると、電柱のたもとに、男がいた。

 おじさん……というよりおじいさんか。

 背は平均的な俺より少し低くて、髪は白髪混じり。

 服は上下とも若干ボロイが、ちゃんと着てる。


「うむ。わかってくれたか」

「……」


 とりあえず俺は、首を縦に振る。


「何があったんじゃ。仕事帰りじゃろう」

「はあ」


 今は3月。俺は上下スーツだから、そう推測するのは簡単だろう。


「話してみい」



 ……俺は、なぜか全部話していた。

 同僚から聞いた、どんなふうに失恋したか、相手はどんな女性だったか、全部。


 ……いや本当になんで話したんだろう。完全に、酔った勢いとしか思えない。



「ふむ」

 俺が話し終えると、おじいさんは首を縦に振って。


「で、どうだ。スッキリしたか?」



 ……そう言われると。

 こころなしか、気分が落ち着いた気がする。


 やり場のないイライラが、吐き出された気がする。


 ……ああ、俺も愚痴を聞いてほしかったのか、誰かに。



「では、さようなら」



 ……気づくと、おじいさんは消えていた。



 後には、電柱のたもとに、小さな花束が落ちているのみだった。

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深夜のおじいさん(KAC) しぎ @sayoino

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