棒手振り

尾手メシ

第1話

 田舎の夜は存外明るい。月明りや星明りでぼんやりと白く輝いて、薄っすらと暗がりに影が浮び上がっている。とくに今夜のような満月の夜は、昼間ほどとはいかないが、歩くのに申し分ない程度には闇を見通せる。


 乾いた夜風に毛をなびかせながら気分よく田んぼのあぜ道を歩いていると、道の先に奇妙な影が見えた。まだ距離があって、その姿は判然としないが、背丈は人間の大人ほどはあるようだ。ただ、人間というにはどうにも違和感がある。どうやら向こうもこちらに向かって歩いてきているらしく、だんだんと影が形をとっていく。

 肩に竿を担いでその両端に桶を吊り、ふらふらと揺れて釣り合いを取りながら歩いてくる。物売りの棒手振りだ。頭のほっかむりが影になって、顔はよく見えない。

「アサリー、アサリはいらんかねぇー」

 威勢よく声を上げるが、あいにくとアサリは入り用でない。無視して横をすれ違った。


 少し歩くと、またぞろ道の先に影が見えた。やはりこちらに向かって歩いてきているらしく、だんだんと影が形をとっていく。

 肩に竿を担いで両端に桶を吊り、ふらふらと揺れる棒手振り。相変わらず顔は見えないが、同じ者だ。

「トウフー、トウフはいらんかねぇー」

 威勢よく声を上げるが、トウフもまた無用だ。再び無視して横をすれ違う。


 歩いていくと、三度みたびの影が見えた。ほっかむりの棒手振りがふらふら揺れる。

「ミソー、ミソはいらんかねぇー」

 棒手振りの声に笑みが零れる。これで一通りは揃った。声を無視して棒手振りとすれ違う。

 一歩も離れぬうちに振り向いて、棒手振りの背中に

「わっ!」

と、大声を掛けた。

 ビクリと跳び上がった棒手振りから狐火が抜け出して、慌てて田んぼの向こうに逃げていった。棒手振りは忽ちのうちに案山子へと変じて、あぜ道に転がっている。

「ほっほっほっ。一尾はまだまだ修行が足りんの」

 自慢の二尾を一振りする。味噌汁を啜った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

棒手振り 尾手メシ @otame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説