星空の下で

月代零

星空の下で

「はあ、はあ……」


 満点の星空の下、あたしは息を切らせながら必死に足を動かしていた。

 どれくらい歩いたのかもうわからない。でも、立ち止まったら二度と動けなくなってしまう。そんな恐怖が、あたしを突き動かしていた。

 頭の中に浮かぶのは、何故、という言葉だけだった。

 何故、父さんも母さんもいなくなってしまったのか。何故、どこまで行っても誰もいないのか。何故、自分がこんな目に遭わなければならないのか。何故、世界はこんなふうになってしまったのか。

 考えても、答えなんて出るはずもなく。

 でも、この山を越えて次の街まで行けば、誰かが助けてくれるはずだ。何の根拠もなくそう思って、月明かりを頼りに歩き続けた。

 やがて山頂付近まで出たのか、木々の間から麓を見下ろすことができた。しかし、あたしの視界に入ったのは。


「嘘だ……」


 住んでいたところと同じように、全てが砂塵と化してさらさらと崩れていく、街の残骸だった。

 足から力が抜けて、地面に膝をついた。乾いた風が、頬を打つ。もう立ち上がる気力も体力も、残っていなかった。

 なんだ、どこに行っても無駄なんじゃん。当たり前に続くと思っていた日常が、こんなにもあっさりと途切れてしまうなんて、想像もしていなかった。

 肩を落として虚ろな視線を地面に落とすしかなくなったその時、


「あ、生存者はっけーん」


 やけに明るい声が、ぼんやりしたあたしの意識の中に響いてきた。

 緩慢な動作で顔を上げると、十代前半くらい、あたしよりも少し年下に見える女の子が、目の前でひらひらと手を振った。


「見えますか? 聞こえますか? どっか怪我してない? 動ける?」


 少しかがんだ背中から、長い黒髪が滑り落ちる。きれいな子だなあ、とそれを見つめながら、矢継ぎ早の質問に答えるために、あたしはゆっくりと頷いた。


「よかったあ。この先に休めるところがあるから、もう少し頑張れる?」


 あたしはもう一度、首を縦に振る。そして、彼女が手を差し出すから、その手を握って、足に力を込めようとした。ところが。


「あっ」


 とうに限界を超えていたあたしの足は、上手く身体を支えることができず、小柄な少女を巻き込んで、斜面を滑り落ちた。

 けれど、すぐに止まったので大事には至らなかったのが幸いだった。服が汚れて、手を少しすりむいてしまったくらいで済んだ。


「ごめんなさい! 大丈夫?」


 少女は慌てるが、彼女が悪いわけではない。彼女も大した怪我もなかったようで、あたしはほっとした。

 地面に転がったまま空を見上げると、真ん丸な月がぽっかりと浮かんで、たくさんの星が燦然と瞬いていた。

 街の明かりがないと、星はこんなにも見えるものなのか。こんなわけのわからない状況になっても、それを美しいと思えることが不思議で、なんだか泣きたくなった。

 そこへ、もう一つの声が割り込んできた。


「やっと追いついた」


 現れたのは、二十歳はたち前後くらいの、こちらはあたしより幾分年上の青年だった。


「お前なあ、深夜の散歩も大概にしろよ。危ねえだろうが」

「だって、声が聞こえたんだもの。お陰でこうして生存者も保護できたんじゃない」


 その言葉に、初めて寝転がっているあたしの存在に気が付いたのか、青年は「おっ」と目を見開いた。


「あんたもか。運がいいんだか悪いんだか」


 青年は苦笑する。あたしはなんとか上半身を起こして曖昧に笑い返そうとしたが、顔の筋肉が動かなかった。


「ま、せっかく生き残ったんだ。せいぜい生き延びてやろうぜ」


 青年の手を借りて、あたしは立ち上がる。

 星空は以前と変わらずに美しく、冴え冴えとした光を降らせながら、地上を見守っていた。



  了

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