幼い少女と都市伝説・2
別にお礼を言って欲しかったわけではないが、あまり感じのよろしくない母親だった。そんなことを思いながら、私は再びエレベーターに乗る。
年季の入ったボタンを押して、今にも壊れそうな音に不安感を覚えながら1階まで降りる。
扉から出ようとして、私ははたと足を止めた。それから再びボタンに手を伸ばす。
こういうときの勘はなんとなく当たるのだ。
そうして向かった先の部屋は、赤い血で染まっていた。
私の目の前で旧友の
「
「発見が早まってよかっただろうが」
「そりゃそうだが……じゃあ第一発見者から事情を聞こうじゃないの」
第一発見者、つまり私だ。
警察の鑑識がせわしなく出入りする玄関扉の横で、私はことの顛末を手短に話し始める。
公園で少女に会ったこと。このマンションの5階まで連れてきたこと。母親がすごい剣幕で怒っていたこと。
「おい、待て待て。5階に行ったお前が、どうやったら3階の事件現場に遭遇するんだよ」
そう、ここは少女の自宅がある5階ではない。私がエレベーターで再び手を伸ばしたボタンは3階だったのだ。
「じゃあまず女の子について説明しよう」
私は宗太郎に向き直った。
「彼女は小学1、2年生。エレベーターで自宅の階層のボタンを押すのに爪先立ちでやっとだった。そして彼女の自宅に送り届けたとき、母親は『おばあちゃんのところに行くって言ったじゃない』と言ってきた。俺がそっちに連れて行った方がよかったかと聞くと『あとでまた行かせます』とも」
「へえ。まだ小さいのにひとりで行けるなんて偉いじゃないか」
「そうじゃない。あとでまた行かせるって、今が一体何時だと思ってるんだ。明日行かせるならまだしも」
少女を自宅に送り届けたのは0時前後だった。そんな時間帯に子供ひとりで行かせられるのは、味噌汁が冷めない程度の距離だろう。
私は言葉を続けた。
「つまりそのばあさんちは自宅から近いんだ。こんな夜中に子供だけで移動しても比較的安全……同じマンション内にばあさんの部屋があるってことだ」
「なるほどな」
「ヒントはまだある。ばあさんのところに行くんじゃなかったのかと母親が怒ったとき、彼女は『番号が一緒だから間違えた』と言っていた」
「部屋番号か」
「彼女が爪先立ちで押せるエレベーターは5階の高さまで。つまりばあさんの家は2階から6階の中の、同じ番号の部屋ということになる」
「じゃあ2階から6階までの部屋を全部当たったのか?」
「いや、彼女は自宅に到着して母親の顔をみたときに『あっ』と声をあげた。つまり純粋に間違えたんだ。自宅に帰るつもりはなかったが、エレベーターのボタンを押す時点で間違いに気づかなかった。だから自宅と同じ列のボタンじゃないかと当たりをつけた」
同じ列の5階の下には3階と1階しかない。1階には住居用の部屋はないので、該当するのは3階だけだ。
「それでこの部屋か」
宗太郎は部屋番号を見上げる。下二桁が彼女の自宅の番号と同じ、事件現場は彼女の祖母の自宅だ。
「俺が気になったのはその子が言っていた都市伝説だ」
「口裂け女か。俺たちが子供の頃も流行ったな。大人になったらたいしたことないが、あの頃は遭遇したら殺されるって思うくらいには怖がってた」
「ちょうど都市伝説の本を持っていたから思い違いをしたのもあるが、
「よっぽど怖い顔をしてたんだろ」
「俺はその思い違いをした理由について考えた。そして彼女が思い違いをしたのは、それが見知った顔だったからじゃないかって思った。知った人間が犯罪を犯すところを見て、パニックになって混同したんじゃないかってな。もしくは、その知人とは別の人間だと思いたかった」
「知った人間……それってつまり……」
宗太郎もどうやら私と同じ答えに行き着いたようだ。
私はもうひとつだけ状況を説明した。
「その子を自宅に送り届けたとき、彼女は一度も母親の顔を見なかった」
「事情を聞いてみる価値はあるな」
宗太郎は上を見上げた。
犯行理由は母子の確執か、それとも嫁姑問題か。いずれにしてもここから先は警察の仕事だ。
私も同様に通路の天井を見上げる。母親は『あとでまた行かせる』と言っていた。娘を第一発見者に仕立て上げるつもりだったのだろうか。
唯一の救いは、彼女がこの惨状を見ていないことだ。きっと都市伝説よりも恐ろしいトラウマになったにちがいないのだから。
幼い少女と都市伝説 四葉みつ @mitsu_32
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