シャドウバスター佐江子
石田宏暁
テーマ〈深夜の散歩で起きた出来事〉
「た、たすけてくれ、誤解だっ。何だってするから許してくれ!」
「フハハハ! 首をちょんぎられる子羊みたいな目だなぁ」
黒い鳥が一斉に飛び立つゴルゴダの丘。そこで十字架に掛けられたアユミを拷問する
過去に倒してきた悪霊たちがアユミにすがりつき、血浸しになった体が永遠の暗闇に引き込まれていく。アドリブ満載でアユミが叫ぶ。
「他に行くところがなかったんだ。仕事はうまくいかずギャンブルに失敗して、家族には愛想をつかされ邪険にされて――」
酒に頼るしかなかった。セミロングに真っ白な肌、へそを出したスポーツブラに高い襟。ほとんど丸見えの短すぎるスカート姿。
しかし中身は四十八歳で倒産を目前にした仕事と疲れはて口うるさい妻を養う中間管理職の男性サラリーマンであった。
「もう黙ってろ、おっさんがアユミの中身だと思うと集中できん。しっかり自分の哀れな姿を鏡でみてみろ、ほれ」
「こ、これがわたしか、わたしなのか?」
鉄の十字架に縛られたアユミが拷問される場面だった。このアルコール中毒症の中年男に仮想現実の拷問をしたことが始まりだった。
「そうだ、情けないだろう。血で染まるラピッドスーツはボロボロで、もはや大事なところしか隠れていない。恥ずかしいだろ?」
「い、いやよっ」アユミ(中年男性)の目は死んではいなかった。「ま、負けないわ。こ、こんな仕打ちを受けたってわたしは負けない!」
「ふはははは……やっと乗ってきたな。だが本当の苦しみはこれからだ。くらえ!」
「い、いやああああっ!」(48歳中年男性)
「ふはははははははっ!」(36歳独身男性)
その後、男はうちの体験型書籍販売で酒を断つことが出来たという感想をネットにあげた。純粋に感謝の意をセラピーを受けている人々が集う掲示板に載せたのだ。
いつの間にか店長の拷問は心身魂にアプローチすることで、病・不定愁訴・トラウマ・悩みなどを解決したり、プラスに導いてゆく対人援助だという噂が広まっていた。
病気に苦しむ主婦のAさんは免疫力や自然治癒力が高まったといい、赤面症のBさんは本来持つ力や美しさが引き出されて人前に立って話すことが出来たといった。
『貴様が宝珠を隠しているのは分かっている。ヴァンパイアの組織にも狼男たちにも渡さない。あの宝珠は我々デーモン族のものだ』
「わ、渡すものですか。わたしは、わたしは絶対に諦めたりしない!」
「く、くそっ。そんな脅しにのってやるもんか!」
「こんな苦しみ、私にはなんともない!」
「僕は、僕は乗り越えて見せる。そして絶対に復讐してやる!」
様々なアユミが拷問される役になりきり、解放されていった。たった一ヶ月のあいだに問題を抱えた二十二人のアユミが拷問された。
店長は同じ場面に慣れてきていた。他の本も他のシーンも選べたが、この〈シャドウバスターアユミ〉という作品に拘った。いえ、私の好みのせいである。
「佐江ちゃん」店長はいった。「最初はスキャンした拷問部屋しか出せなかった仮想世界がバリエーションも豊富になったよ。本当にありがとう」
「いえいえ、まだまだですよ。王子様、いえ加瀬店長」
とはいえ、書店とうたうくせにシャドウバスターシリーズしか扱っていないことには文句がでるかもしれない。でも今は儲け時。他の作品に時間を割いている暇なんかないのだ。
私の名前は沼田佐江子。ちょっと人とは目を合わせられないタイプの女子高生。
いまは体験型電子書籍店・鳳文堂で裏方のアルバイトをしている。ちなみに仮想現実の職場では<シャドウバスター玲奈>の姿でインカムを付けているのだ。
結構このユニフォームは気に入っている。プログラムをいじって私はきちんと私の顔、店長もしっかり店長の顔が反映されている。
ちょっとは盛ってるけど、それが何。私まで拷問する気? 髪を艶やかにしたり店長の青い髭を消したりするだけよ。
女子高生のプリクラ舐めんじゃないわよ。誰とも一緒に撮ったことは無いけど、私にも友だちくらい居るわ。そう――。
校舎裏の使われなくなった焼却炉で、美和さんと一緒になるわ。あの日、彼女はクラスメイトの虐めにあってカバンにゴミを入れていた。
水浸しの日もあったし、上履きを履いていない日もあった。痣だらけで顔を腫らしている日もあった。私は美和さんと目を合わせなかったけど、彼女はいつも近くに座って「ここ、座っていい?」と私に聞いた。
「どうぞ」とだけ言って私たちは黙ったまま何日も一緒にいた。クラスで浮いていた私たちにはそんな距離がちょうど良かったし、誰とも共通の話題なんか無いのが唯一の共通点だった。
先週、はじめて美和さんが声をだした。あの場所で私は〈シャドウバスターアユミ〉の最新刊を読んでいた。
「沼田さんも好きなんですか、それ?」
「うん」少し嬉しかった。いや、少しじゃないかもしれない。「美男子住職カケルが私の王子様なんだ」
「……カッコいいですもんね」
「うん。美和さんは誰か好きなキャラクターがいるの?」
「わたしは玲奈さんかな。あ、あの……話せて良かったです。ずっと前からシャドウバスターは好きだったから。じゃあ、行きます」
「ま、待って」
「えっ、えっ、えっ……と」
「死ぬの?」
「は、はい、死にます。死ぬつもりです。どうして分かったんですか」
「なんでかは分かんない。でも自殺したいと思ったことは私にもあるから」
「そうだったんですね。気を使わせちゃったみたいでごめんなさい」
美和さんが抱えている問題は彼女の責任ではないと思った。虐めの根本的な問題はクラスメイトにはない。そう、ドメスティックバイオレンスは彼女の父親が原因だからだ。
「こ、これ読んでよ」私は読みかけのシャドウバスターアユミの二十九巻を彼女のカバンに押し込むように入れた。「来週まで貸してあげるから、それまでは死なないって約束して」
「や、約束できるかは分かりません。でも、ありがとうございます。嬉しいです」
※
月は雲に覆われて薄暗い公園には人の姿はなかった。真っ黒な覆面に黒いウィンドブレイカーを着たふたりは木陰にいた。
「本当にやる気ですか?」沼田佐江子は〈体験型書籍販売店・凰文堂〉の店長である加瀬隆之介に呟いた。
「もう黙ってろ。いやなら俺ひとりでやる」
「やりますよ、だって私が計画したんですから。でもこれって犯罪スレスレですからね、いや犯罪か」
私は店長に美和さんのことを相談した。彼と私は依頼されてもいない拷問をはじめようと深夜の公園で散歩している美和さんの父親をつけていた。
「それより佐江ちゃんは俺が拘束したあと、仮想現実へのダイブをシームレスで実行することを考えてくれ、いいね」
「は、はい。裏のガレージに電子機器の準備は万端です」
「なら俺を信じろ。いくぞ」
昔ながらの荒縄と顔を覆うズタ袋を構えて、店長は木陰から足を踏み出す。もちろん同意のない拷問は、ただの拷問である。
いままでのような作品という愛と倫理に基づいた設定は存在しない。それでも私も、彼も立ち止まらない。
誰になんと思われようが引くつもりはなかった。それが人の闇を消し去るシャドウバスターの使命だと信じていた。
「うおおおおおっ!」
「いゃああああっ!」
〈まさかの続く(笑)〉
シャドウバスター佐江子 石田宏暁 @nashida
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