散歩していただけの男

緋雪

深夜の散歩

 季節はもうとっくに春だが、夜はまだまだ肌寒い。


 深夜、岡田おかだ尚行なおゆきは、空を見ながら丘の上の公園まで歩く。多少の住宅の灯りがあっても、月のない夜は星がよく見えるので、星の写真を撮りたかったのだ。



 住宅街を通り抜けようとすると、急に前方で爆発音がして、何かが落ちる音がした。

「ギャー!!」

という悲鳴。燃え上がる炎。その近くに落ちている2つの影。

 何かを袋に入れて、持ち去る男とすれ違ったが、男は尚行に気付いていないようだった。



 傍まで行くと、燃えているのは、ゴミ収集箱の中のゴミ。そして、何か黒いものや赤いものが飛び散っていた。うずくまる人と、ゴミ収集箱の真横に妙な感じで横たわる人。

 暫くすると、人がその場に寄ってきて、凄い騒ぎになってきた。



「なんかよくわかんないけど、大変だな」

尚行には野次馬根性というものがない。あまり気にも止めずに、そのまま、丘の上へと登って行った。


 

 ケースからカメラと望遠レンズを取り出し、星を撮る。新月なのかな。月がなく、よく晴れた空だ。日も月もないのに、「晴れた空」ってなんだよ。自分自身にちょっと笑った。


 30分くらい撮って、ちょっと寒くなってきたので、帰ることにした。やっぱり星を撮るなら、冬だなあ。空気がピーンと張って、空の色が濃くなり、星がより良く見える感じがする。そう思いながら。

 もっとも、寒さに弱い尚行は、やはり30分くらいしか撮影できないのだが。


 まあいい。こんな星のきれいな深夜、散歩するのは悪くない。尚行は、そう思いながら帰路についた。


 帰る途中、物凄い人だかりと、パトカーと救急車。


「あー、さっきの」


 どこか通れそうなところはあるかと、人をかき分け、自分の家に帰った。



 翌朝、尚行は、ネットニュースで昨日の事件を知った。

「へえ。ストーカー殺人」

他人事なので、別に気に止めることもなく、サラッと読み流した。

「今晩は、どこに散歩に行こうかなあ」

そんなことを考えながら、電車で学校に行った。


 講義室の席につくなり、真壁まかべが話しかけてくる。

「なあなあ、岡田!! ニュース見た?!」

「どのニュース?」

「あれじゃん、あの、ストーカーのやつ。お前んち近所じゃなかった?」

「そうだよ」

「怖いよな〜、近くで人が殺されてるんだぜ?凄い騒ぎだったんじゃね?」

「あ〜、確かに凄い騒ぎだったね」

「お前、見たの? もしかして?」

「人がたくさんいて、通るのが大変だった」

「そうなんだ! お前、凄いじゃん!」


 何が凄いのかわからないが、真壁が鬱陶しかったので、尚行は違う席に移動した。




 別の日。今夜は川の方へ行ってみようと思った。


 川に沿って歩く。桜がいつもより早く開花している。まだほんの二分咲きくらいだけれど。満開の桜の下を、深夜散歩するのも好きだ。


 ふと橋の下を見ると、河原で穴を掘っている人がいる。ふーん。何だろう。珍しく、ちょっと興味がわいた。


「僕の愛する人がね、こんなになっちゃって」

「頭……ですか」

「うん。頭だけなんだよね。殺しちゃったから、腐ってきちゃったみたいで」

「それで、埋めるんですね」

「できれば僕も一緒に埋まりたいくらいなんだけどさ」

その人はそう言って、その頭に頰ずりしていた。

「手伝いましょうか?」

「えっ? いいの?」

「僕でよければ」

「じゃあ待ってね、僕、とりあえず死ぬから。殺すの嫌でしょ?」

「まあ、それはどっちでもいいんですけど、自分が埋められる穴は掘りましょうよ」

「あ〜、そうだね。じゃあ、この辺で。ちょっと待ってね。掘るから」

尚行は、彼が、彼の埋まるための穴を掘るのを待った。


「よし、できた。じゃ、ここに僕が寝るから、彼女は……僕が抱きしめる格好で」

「いいですよ」

「じゃ、いくよ〜」

そう言うと、彼は自分で頸動脈を深く切った。

「ありがとう」

最期にそう言って。


 さて、埋めようかなと思い3分くらいやったところで、急に風が強くなってきて、寒くなったからやめた。


 そのまま、家に帰った。




「困りましたね。あいつ、特に何もやってないみたいな言い方なんですよ」

「『深夜に散歩してただけです』って言うんだよなあ。それが全然嘘に聞こえない」

「じゃあ、あの死体はなんなんだ?あの死体が抱えていた女の頭はなんなんだ?そこにあった靴跡はあいつの物で、そこにあったスコップからも、あいつの指紋が検出されてるんだぞ?」

「穴を掘って埋めようとして、埋める前に飽きたとか?」

「そんな奴いないだろ〜? しかし、あの死体と、岡田尚行には、何の接点もないんだよな?」

「あの頭部は、先日殺されて、頭部だけ見つからなかった中川なかがわ美彩みさ。そして、犯人は、死体として半分埋められていたのは、同僚の橋本はしもと雅人まさとだというところまでは分かっているのですが……」

「うーむ。わからんな」

「繋がりませんね」

「とにかく、岡田にもう一度話を聞くしかなさそうだな」



「いえ、殺してないです。自分で頸動脈を切って死んだんです。こうやって」

尚行は、橋本雅人の真似をしてみせた。

「それを、黙って見ていた、と」

「はい」

「それで、埋めてくれと言われたが、寒かったので、途中で放置して帰った、と」

「はい」

「う〜ん……」




「岡田尚行の診断が出ました」

「どうだった?」


「彼は、生まれながらのサイコパスだと……」




(※ストーカー殺人の真相については、こちら)

https://kakuyomu.jp/works/16817330653957159447/episodes/16817330653959159299

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散歩していただけの男 緋雪 @hiyuki0714

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