ナイトウォーカーはラーメンが食べたいっ!

ムタムッタ

彼女はラーメンを啜る


「……眠れねぇ」


 残業の果てに、0時に帰宅。そのままベッドへダイブして1時間。


 明日は休みだから、朝ガツっと食べればいいかと水だけ飲んで寝ようとしたが、さっきから腹の虫が鳴り止まない。


「えっと……何かあったか……?」


 すっかり広がった瞳孔で明るい冷蔵庫を開ける。わぁお、なにもない。調味料すらねぇ!


「しゃーない、なんか買いに行くかな」


 よれたシャツのまま、真夜中の世界へ戻る。


 俺の住む駅近アパートは、近辺が大学の多い立地のため、飲み屋や飲食店が高架下に並び、深夜でも明るい。


 でも今はさっさと何か腹に入れて寝るだけだし、コンビニのパンでいいかな。


 明日は休日、急がずのんびり歩いて向かえばいい……そう思っていた。


「あの、もし」

「え?」


 それは澄んだ声だった。


「このお店で食事をしたいのですが、どうしたらよいのでしょうか?」


 透き通るような白い肌に、月明かりを反射する銀色の髪。そしてこちらを射抜く紅の瞳。顔立ちは整いつつも、どこか浮世離れした見た目の女性が、たまに行く高架下にあるラーメン屋の前で佇んでいた。 


 変だな、誰もいなかったはず……


「え、ラーメン屋でしょ? そこの券売機で食いたいもん選べばいいよ」

「まぁ! やっぱりここはラーメンが食べられるのですね⁉︎」


 なんだこの人。

 ぱあっと明るい表情を浮かべると、早速店先の券売機のボタンを押した。


「あら、故障かしら?」

「えぇ……」


 ガチの世間知らずなのか、それともどっかのお偉いさんなのか? キョロキョロ見渡しても誰もいない。


 まぁいいや、関わっちまったし。


「お金入れなきゃダメでしょうに、ほら」


 ポケットから千円札を取り出し、券売機に押し込む。


「あら、ご親切にどうも!」


 銀髪の女は迷いなく味噌ラーメンを選んだ。


 あ、これ奢る流れだ……ええい、もうどうにでもなれ!

 続けて俺も同じものを選び、二人で店内へ。中は他に誰もおらず、ちょうど暇だったらしい。


「いらっしゃい!」


 女は食券をおずおずと渡し、俺の隣に座る。


わたくし、ラーメンは初めてなの!」

「へ、へぇ……」


 近い。

 距離感がバグってるぞこの人。


「おふたりさん、麺やスープはどうしますか?」

「どうします、ですか? おいしく仕上げてくださる?」


 んー、なんだろう。やはり噛み合ってない……


「すんません、全部ふつうで大丈夫です」

「は、はい! 全部ふつう2丁!」


 無事注文が通る。これで胃袋は満足してくれそうだな……思わぬ出費だが。


「いつも液体ばかりでしたから、とっても楽しみですわ!」

「は、はぁ……」


 言葉遣いといい、キャラを作っているにしても不自然すぎる。液体って流動食か?


「へい、お待ちどうさま!」


 十分もしないうちに隣のお嬢様(?)待望のラーメンがやってきた。普通でも最初から濃いめな味噌のスープに、肉厚のチャーシューに半身の煮卵、ほうれん草と海苔。ライスをつけてもいいんだが……まぁ今日はこれだけでいいか。


「では、いただきますわ!」

「い、いただきます」


 つられて普段言わないことを呟く。

 銀髪の女性は慣れた手つきで割り箸をふたつにすると、流れるように麺を掴み一気に啜る。


「〜ッ! とってもおいしいです!」

「そりゃよかったね」


 初めてのわりに淀みない食べ方である。

 鋭い犬歯を覗かせて、彼女は笑う。


「そういえばラーメンとは山盛りのもやしとニンニクがあったような……」


 ……大きな誤解をしている気がする。


「そういうのもあるけど、このお店は違うよ。にんにくはあるけどね、ほら」


 卓上のニンニクペーストを指差す。たまにめちゃくちゃ入れる奴いるんだよなぁ……


「あらまぁ! ニンニクも入れられるなんて素敵!」


 紅の瞳が輝く。

 半分食べたところで、女はニンニクを投入。流石に丼を埋め尽くすほどではないが、やや多めに。


「ん〜ッ! これは効きますわぁっ〜!」


 そこからは加速して、女はあっという間にスープまで飲み干した。


「ふぅ……とっても有意義な食事でしたわ!」


 ニンニク混じりの吐息でも、不思議と嫌悪感はない。というより、どこか鉄の匂いが混じっているようで。


「あらいけない! もう行かなくては」


 時計も見ずに彼女はそう言う。

 

「ラーメン、ご馳走様でした。このお礼は、いつか必ず」

「いいよ別に。そんなに喜ばれると思わなかったし」

「ふふ、楽しい時間をありがとうございました」


 入り口のガラス戸へゆっくりと歩いていく彼女。真夜中、店内のガラスにその姿は映っていない。


「では、ごきげんよう」


 怪しく微笑む彼女の背中から、蝙蝠のような翼が生え、そして月夜の空へ消えていった。


 店員さんは背中を向けて見ていなかった様子。彼女の現実離れした姿を目撃したのは俺だけらしい。


「…………変なひとだったなぁ」


 どうやら俺は、とんでもない存在にラーメンを奢ったらしい。


「まぁ……いっか」


 食って早く寝よう。


 ひとりごちて、まだ残っているラーメンのために卓上のニンニクへ手を伸ばした。


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