夜の散歩。俺と豆太と先輩と。

倉沢トモエ

夜の散歩。俺と豆太と先輩と。

 ナナツザカ先輩は、いい人なのに彼女がいないらしい。


「なんでかしらねえ」


 俺と先輩の職場である、ペット用品店併設のドッグラン。

 そこの常連さん、ポメラニアンのパールちゃんのママ、ハヤシザキさんが不思議がっていた。この間、お嬢さんが嫁いだので、そういうことが気になるらしい。


「うちのパールちゃん内気だったのに、ナナツザカさんのおかげですっかりドッグランが好きになってね。体もよくなったのよ。もちろんナナツザカさんも大好き」

「実はうちの豆太も」


 豆太は、うちの柴だ。


「近くを先輩が通ると察知して、散歩をせがみはじめるんですよ」

「犬には良さがわかるのね。

 ごめんね、へんなこと気にして」


 全く先輩は、いい人なのだ。


   * *


 その晩。顔をつつかれて目を覚ますと、つついていたのはリードをくわえた豆太の鼻だった。つめたい。


「え、散歩?」


 老犬は妙な時間に散歩をしたがるのだが、八歳の豆太も、時々そうなってきた。二時半か。

 両親を起こさないよう静かに簡単な身支度をして、こっそり家を出る。


「少し寒いな」


 しかし豆太は元気に歩いているので、よし、行こうか。懐中電灯片手に公園に向かった。

 この時間の公園には、時々同じような老犬の散歩組がいて面白い。老犬の世話について情報交換もできて助かる。


「豆太?」


 公園広場に誰かがいて、豆太が急に嬉しがった。


「誰だろうね?」


 小型犬を何匹も連れているように見えた。何本もリードを持っている。


「あ、ナナツザカ先輩」

「お? おはよう」


 いつものようにほがらかな先輩だ。

 だが、近くで見ると、連れているのは小型犬ではなかった。


「先輩も、散歩ですか? その……」


 豆太は先輩に会えて嬉しいらしく、他のことは気にならないみたいだ。


「ああ、こいつらは俺の同居者たちだ」

「先日助けていただいたカメです」

「先日助けていただいたツルです」

「先日助けていただいた竜です」

「先日助けていただいたタヌキです」


 わっ、しゃべった!


「みんななぜか義理がたくてな」

「ご恩返しです」

「ご恩返しです」

「ご恩返しです」

「ご恩返しです」


 いや、押しかけて居候になってるだけじゃないのか?


「ああ、忘れてた。こいつは職場の後輩のサトオカと、豆太だ」

「よろしくどうぞ」


 するとだいたい予想通りに、


「よろしくです」

「よろしくです」

「よろしくです」

「よろしくです」


 先輩はニコニコ笑ってるけど、大丈夫かこいつら。

 てか、先輩いい人にも限度があるだろ? 竜ってどういうことだ。


「まあ、細かいこと気にするなよ。

 みんな、夜中に元気になるんで今の時間に散歩することが多いんだ」


 細かいことって、なんだか軽く火を吹いてる奴がいるのに、気になるだろ。


「なんだ、あれ?」


 というところで話がぶったぎられた。

 先輩が指す公園入口に、何か平たいものがうろうろしている。


「ロボット掃除機?」


 稼働中に、家の外へ出て行方不明になるロボット掃除機の話を昔、ネットで読んだ気がしたけど、都市伝説じゃなかったのか。


「あ、こいつは向かいの家のなんだよ」


 なぜ知ってる。


「何度か同じことがあってさ。ほら、こうしてやれば、」


 先輩がロボット掃除機を抱き上げて道路に戻すと、そいつはしばらく名残惜しそうに右往左往したあと、公園の向かいにある家へ帰っていった。


「世話が焼ける奴もいるんだな。はは」

「いや先輩、笑ってるけど、あいつもひょっとしたらご恩返しだったりしないの?」


 すると先輩、意表を突かれた顔をして、


「お前、面白いこと言うなあ」


 なんとなく釈然としない答えが返ってきた!


「よそ様のものなんだから、そんなことないだろ」

「……」


 そこで俺も、少しだけ冷静になった。


「ですよねー。まさかね」

「そうそう」


 とにかく深夜の散歩では、時々こんなことも起こる。

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夜の散歩。俺と豆太と先輩と。 倉沢トモエ @kisaragi_01

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