ただの日常
瀬川
ただの日常
「まだ夜は寒いな」
ぶるりと体が震える。そうすれば、脳内で呆れた声が聞こえた。
なんでそんな薄着なんだ。風邪ひいても知らないぞ。
どこか馬鹿にしたようにも聞こえる言い方が、あまりにもそっくりすぎて顔をしかめる。
再現力の高さに凄いと思えばいいのか、それぐらい小言をいつも言われていると反省すればいいのか分からなかった。
「……全然寒くない」
言い訳を口にしながら、上着の胸元を掴んで少しでも隙間ができないように寄せる。
吐く息が、かすかに白かった。マフラーを巻くか、上着をもう少し分厚いものにすれば、寒さを感じずに済んだだろう。でもそれを認めたら、また脳内で声が聞こえてきそうで頭を振った。
そもそも、こんな時間に外に出ているのが悪い。でも夜中に起きてしまって、すぐに眠れそうになかった。散歩でもすれば眠気も出てくるかと、そう思ってしまったのだ。
だからろくな準備もせずに出て、こんな状態になっていた。
すぐに帰ると負けたみたいで、どんどん進む。ここまで来たらやけくそだ。行けるところまで行ってやる。
そう考えたところで、ポケットの中に入れていたスマホが震えた。取り出し名前を見た俺は、うげっと声が出てしまう。
今まさに考えていたところに電話がかかってくるなんて、一体どんな偶然だ。
出るかどうか迷って、なんだかムカついたので無視する。
「おい」
また声が聞こえる。首を振ってスピードをあげた。
「無視するな」
ああ、しつこい。俺の脳内だから、俺の言うことを聞け。
「待てって」
突然腕を捕まれ、聞こえていた声が幻聴ではなかったのだと、ようやく気づく。
驚いて振り返った俺の姿を見て、表情を歪めたかと思えば、こう言ってきた。
「こんな寒い中、なんでそんな薄着なんだよ。馬鹿か」
殴ってやろうか、こいつ。
でもすぐに、乱雑な手つきだけどマフラーを巻かれて、何も言えなくなる。
……こういうところがずるい。
ただの日常 瀬川 @segawa08
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます