天馬のたてがみ

銀色小鳩

天馬のたてがみ

「私も、同性で、すごく執着している相手がいるよ」

 初めてカミングアウトしたとき、アッコさんはそう言った。

 その「執着している」相手を、「こんちゃん」と名付けておこう。

 これは、アッコさん(これも仮名)とこんちゃんと私が、深夜に散歩したときの話だ。


 アッコさんの家に泊まって夜じゅう話す。そんなことが増えたのは、高校に入ってからだ。中学の時はそこまでつるんでいなかったのに、別の高校に行くようになってから、いつの間にか、アッコさんの家によく泊まるようになった。行くとアッコさんは大抵こんちゃんといて、私にボーイズラブの小説や漫画を貸してくれた。こんちゃんは私以上にアッコさんの家に入り浸り、こちらのほうが家なのではないかと感じるほどだった。


 深夜に、気分転換に散歩に行こうということになり、三人で丘を上がったところの公園まで歩いた。

 公園で少し話したあと、こんちゃんが、白いTシャツを脱いだ。胸が膨らみ、大きくなっていくのがとても嫌だった、と前に言っていたことがある。今小説の中でその胸の大きさを言葉にするなら、「巨乳」ということになるのだろう。あまり意識していなかったが、彼女はその年頃の女性のなかではかなり大きな胸を持っていた。

「女って、外で裸になれないじゃん。男は上半身裸になれるのにさ」

 彼女は上半身からすべての隠しものを取り去ると、

「いってくる。走ってくる!」

 と言って飛び出した。


 これを言葉にするとき、とても悩んだ。「彼女」と書けば、女性であることを言葉で定義してしまうようだし、「少年のようだった」と書けば、それはそれで、何が少女で何が少年なのかという疑問が浮かぶ。巨乳と書けば、身体的特徴のなかにイメージを縛り付けてしまうことになる。起こったのは、正反対のことだった。


 夜の中で自由になった彼女は、「彼女」でも「少年」でも「巨乳」でもありながら、それをまったく意識させないような存在だった。

 小さな公園の中を走り、ベンチに飛び乗ってはまた走る。

 胸を揺らしながら走る躍動感は美しかったが、「自由を求める女性」とか、そういうものでもなかった。ペガサスが現れたとき、人はその生き物の、雄か雌かを最初に見るだろうか? あのときこんちゃんは、「男女でとらえなおす必要のないもの」だった。

 天馬が一番正しい表現だろう。天馬はひとしきり駆けたあと、私たちの座るベンチに戻った。


 あれから何年も経っているのに、夜の散歩で起きたことといったら、その出来事が一番に思い浮かぶ。

 公園のなかでたてがみをたなびかせて夜を駆け回る、美しい天馬を見たことを。

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