眠れない夜にオーバーザファイト

三屋城衣智子

眠れない夜にオーバーザファイト

 ウォーン、ワンワンッ!


 外で、どこか誰かの飼い犬が鳴いている。

 夜。今時計は午前もまわり、昼間の喧騒からはかけ離れた、静寂が世界を支配している。

 もうすぐ一時だ。明日も仕事があるというのに、眠りの神様はやってこず、目もキンキラキンに冴えている。

 これもそれも今日別れた元彼の度重なる女遊びのせいである。

 複数人いた今彼女イマカノになすりつけてはやったけれど、やられたことに対して、どうにも生ぬるかったように感じて、まんじりともしない気持ちが燻ったまま私をいぶしているかのよう。


 ホットミルクは試した。

 アルコールは、備わっている遺伝子が飲んだはじから体の外へと排除してしまっている。


 私は、仕方なしに時たま眠れぬ夜にやっている散歩へ、出かけることにした。




 玄関でお気に入りの靴を履きドアを開ける。

 バタンという音とともに鍵をかけるとポケットへとしまい、出発することにした。

 さて、右と左どちらへと足を向けようか。

 少し考えたのち、気安く右へと歩き始めて真夜中の散歩をスタートさせた。

 昼間の、あのはらひらとした陽気や花の気配はなりをひそめ、あるだろうその可憐な花弁たちは夜の闇色をまとってしずしずとそこにたたずむ。

 その様子を見るともなしに眺めながら歩いていると、民家が少なくなり田畑や雑木林が道の脇に増えた頃合いで、人の声が微かにするのが聞こえた。

 こんな時間に誰が一体何を言っているのだろう。

 自身もこんな時間に蠢く妖怪のようなことをしておいて、なんて言い草だろうとも思ったけれど。

 聞こえてきた声はなんだか怒気をはらんでいて、ちょっと様相が違うなと勝手に感じたので自分のことは棚に上げた。




 歩くごとに、声は段々と大きくなり、また、道に人影がゆうらりと現れる。


「ヒィ!」


 突然のことに、私は悲鳴をあげた。

 相手も、その声に気づいてこちらへと視線を投げてくる。

 そこには、なぜだかお玉を持った女の人と、鍋を持った男の人がいた。


「「「一体何を」」」


 思ったことは、どうやら一緒らしかった。

 漏れ出た声が重なる。

 私は思いつくままをつい口に出してしまった。


「喧嘩ですか?」

「違う!」

「ええ、そうよ! この人ったら浮気していたの」

「それを言ったらお前、この間男性と二人っきりで食事に行ったと言ったじゃないか! あれも浮気だ」

「あれは職場の同僚、お昼ご飯。やましいことは何もないわ、あなたこそ、会社の……みよちゃん」

「うっ」


 うっという男性のぎくりとした様に、すかさず女の人はお玉をその土手っ腹に叩き込んだ。

 ぐっ、といううめき声とともに、男の人が持っていた鍋が手から離れグワングワンという音とともに地面に落ちて少しの回転の後に止まる。


「この前、電話があったの、みよちゃん」

「あなた言ったわよね、他の子もいたって。私信じてたの。けどみよちゃんは二人きりだったって」

「楽しそうに言ってたわぁ、今度、テーマパーク一緒に行くんですって?」

「これで二度目よね? 浮気」


 そこから容赦なく、二撃、三撃、と女の人が容赦のない鉄槌を下し、男の人は膝をついたあと倒れ込んだ。


 私はこのために起きていたのかもしれない、と瞬時に彼の傍へと向かい。


「ワン、ツー、スリー!」


 と発すると、女の人へと近寄り腕を持ち上げた。

 ついでにお玉をお借りして、近くに落ちていたお鍋へと打ちつけカンカンカン、と音を鳴らす。


 すると、待ってましたとばかりに、まばらな民家の二階からやんややんやと喝采と「前回よりパワーアップしてた!」「見応えがあったぞー!」「お互いよく頑張った!」という声援というか感想が飛んできた。

 どうやら二人は鑑賞されていたらしい。

 私は観衆にお辞儀をすると、踵を返してその場を後にした。


 今夜はいい夢が見られそうだ。

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眠れない夜にオーバーザファイト 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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