とあるカードショップで夜な夜な行われる闇の決闘(デュエル)

いずも

すべての少年の性癖を破壊する。それは再生できない。

 毎週土曜日の深夜、日付が変わってすでに日曜。勉強の傍らBGMとして流していた深夜ラジオからはサイケデリックなオープニング曲とともに知らないパーソナリティーの自己紹介が始まった。ああ、あの声優のラジオ終わったんだっけ。習慣というのは恐ろしいもので、もう聴けないラジオ番組を忘れ得ず、深夜にラジオを垂れ流しては非情な現実に戻される。


 ノートの方程式がひとりでに動き出す。そのまま答えを導き出してくれれば良いのだけど、ぼくが生み出した数式はぼくに似ていてサボり気味だ。見た目だけそれっぽく取り繕ってはその実中身がない。ぼくは間違っている数字を必死で消す。


 もう駄目だ。一気に眠気が押し寄せてきた気がする。こんなんじゃ試験範囲まで間に合わない。気分をリフレッシュさせなくちゃ。コーヒーでも飲む? いや、誰かが言っていたけどコーヒーに含まれるカフェインには幻覚作用があり宇宙との交信を試みようとするから飲んじゃ駄目だって。そもそも苦いし不味いじゃん。あっ、だから目が覚めるのか。いやいやなんでそんな嫌な思いしなくちゃいけないのさ。


 眠気覚ましには体を動かすのが良いらしい。そういえばタカアキ君が夜の散歩は気分転換になるって言ってたっけ。不良じゃないかと咎めたら「中学生にもなって深夜徘徊をしないのは、夜一人でトイレに入れない子どもと同じだ」という謎理論を展開された。ぼくはまだまだお子ちゃまだと言われてしまった。

 そんなこと言われたらぼくだってやらざるを得ない。世間からすれば子どもかもしれないけど、ぼくはもう一人前だ。夜一人でトイレにだって行ける。

 やってやろうじゃないか、深夜徘徊ってヤツを。



 夜の街は不思議だ。明るいのに暗い。暗いのに明るい。吸い込まれそうな深淵が続くのに、街灯や深夜営業するお店の看板が暗闇を吹き飛ばす。夜の闇に近づこうとしてもするりと逃げられるのだ。もっとおぞましいものだと想像していたから拍子抜けする。

 でも、視覚だけじゃない。それ以外で夜の異質さをひしひしと感じる。


 なんて静かなんだろう。世界に自分だけが取り残されたみたい。遠くで駆けるトラックにはアンドロイドが搭載されていて目的地まで自動で荷物を運んでいるのだ。風を切って走るバイクには誰も乗っていなくて、水面に反射する影には首なしライダーが映し出されているんだ。

 生きた人間はぼく一人だけ。寝静まった街の音も、少し肌寒い空気も、独り占め。今夜の星空はぼくだけが知っている。雲に隠れていた月と目が合って、どちらが先に目を逸らすかの我慢比べはぼくの勝ち。


 商店街の方に歩いていく。

 昼と夜の温度差が一番大きいのがここだ。あれだけ人で賑わっている商店街が死んだように静かに眠る。そりゃそうだ。人間だって眠ることで翌朝に活力を取り戻すんだから。

 ああ、この通りって案外道幅広いんだなとか、お店とお店の間に小さな通路があったんだ、とか自分の知らない景色が見えてくる。アーケードには時々屋根がない場所があって、そこから見える夜空は暗く冷たいものに思えてかぐに視線を落とす。古びた街灯がチラチラと点滅し視界を狂わす。長く伸びた自分の影が別人のように思えた。


 ガラスに反射した自分の顔が急に変形して襲いかかってはこないだろうかと一度思ってしまったら、もうそちらの方を向けやしない。幾何学模様の道路に出来た水たまりにすら近づけない。孤独を愛しているつもりだったが、愛されてはいなかったみたい。急に不安が押し寄せてくる。

 もう帰ろうか。十分目は覚めたと思い引き返そうとすると、静まり返った商店街の一角から何やら音が聞こえる。深夜でも開いている居酒屋はあるから、酔っぱらいの声だろうかと思っていたが、どうにも違う。そもそも音のする方に居酒屋はない。そこにあるのは行きつけのカートショップだ。今日(正確には昨日)の昼間も友人と遊んでいた、ぼくにとっては一番馴染みのある場所だ。


 そういえばあのカードショップは深夜遅くまで営業している。だから比較的昼間の年齢層は低く、夜は仕事終わりの社会人のたまり場になっているという話を聞いたことがある。そういう棲み分けが出来ているので、ぼくたちはいつも夕方には切り上げて家路につくため、あのお店の夜の顔は知らない。

 ぼくはその音と明かりが気になって、歩き慣れた道を進んでいく。まるで誘蛾灯に誘われるように一歩、また一歩。ひょっとしたら誰も居なくなった世界で知っている誰かに出会えるかもしれないという安心感を得たかったのだろう。


「――――え?」

 そこでぼくが見た光景は。



「俺のターン! ドローっ! ふむ、手札から【灼熱のフェニックス】を召喚っ! こいつはフィールドに出た時に全てのキャラに1点のダメージを与え、死亡したキャラの分だけ追加ドローを得る! お前の【絡繰りロボ】軍団は全滅だ!」

「くっ、くそーっ! し、しかしまだだ、まだ俺のフィールドには【終末の天使シズカ】が残っている。彼女が残り続ける限りターンエンドには墓地からキャラを復活させることが出来るのさ」


 あれは八百屋の源さんと喫茶ジュテームのマスターだ。二人とも全然カードゲームなんてやりそうなには見えないのに意外な組み合わせ……っていうか、今の何!? 何とかのフェニックスを召喚した時に本当に炎が立ち上ってリアルに鳥の形をした炎が出てきたように見えたんだけど。ホログラム? 背後に巨大モニターでもあった? それともぼくが夢でも見てる?


 しかも終末の天使シズカって、喫茶ジュテームの看板娘のシズカさんじゃないか。コスプレみたいな格好してるから気付かなかったけど、あの顔は絶対そうだ。ちょっと目のやり場に困る衣装でジロジロと眺めるのが憚られる。大人が遊んでいるカードゲームにはちょっと刺激的な絵柄のものもあるから、ストレージボックスに入っている安いコモンカードを見つけてはよく遊んでいるパックの間に挟んで周りの友人にバレないように購入するのだけど、そういうゲームによくある体の一部分だけ装甲で隠しているけど全体的にはどうみても無防備だろそれって言いたくなるような格好でシズカさんは立っていた。こころなしか少し恥ずかしそうな表情をしているのがますますぼくの心を狂わせる。


「ここで【ケルベロス】召喚!(それ源さんのペットのタロウですよね!?) こいつはフィールドに出た時に対象のキャラの守備力をゼロにする無防備状態を付与する。対象はもちろんシズカだ! さあ行けケルベロス、守備力を下げろ!(どう見てもただの舐め回しですよねこれ!? シズカさんとただじゃれ合ってるだけじゃないですか!)」

「ふふっ、くすぐったーい(いや絶対いつものシズカさんの声!)」


「ま、まさか源さん」

「へっ、やっと気が付きやがったか。だがもう遅い。オラァッ、【夜の帝王】召喚だ!(あれはクラスの不良少年のケン君のお兄さんだ! いつもの特攻服じゃなくてホストみたいなスーツ着てるぞ!)」


「何っ、ここで夜の帝王だと……ハッ」

「夜の帝王は無防備状態のキャラクターを1ターンコントロールすることが出来る。つまり、お前のシズカはこっちがコントロール出来るのさ!」

「やぁ、素敵なお姉さん。俺とイイコト、シない?(うわわっ、顎クイしてる。なんかお互い良い雰囲気だし、ど、どうなっちゃうの……!?)」


「かかったな! トラップカード【鏡の向こう側の寓話】発動! 伏せておいたキャラクターとシズカを交換っ!」

「な、何だとっ!?」


「俺とイイコト、シない?(ああっ、シズカさんが入れ替わって代わりに金物屋の一人息子の浪人生の勉三さんが現れたぞ! ……なんで学生服なの!?)」

「わ、わたしダスか……?」

「俺は男でも女でも関係ねーんだよ。さぁ、今宵は俺とダンスっちまおうぜ

「は、はいダス(勉三さんって名前に引っ張られすぎてないこの人!? そして二人は夜の帳の向こうに消えていったとさ……あれ、居なくなったけど。そうか、説明が省略されてるけど勉三さんの能力で誘発対象になった場合キャラを道連れに出来るんだな!)」


「馬鹿なっ、完璧な作戦だったのにっ」

「はははっ、あんたの行動なんてこっちはお見通しだよ。なに、夜は長い。まだまだこれからさ」

「へへっ、違いねぇ」



 ――ぼくが見たのは幻だったのか、それとも現実だったのか。見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。いや、これは夢だ。夢の中だからこんな訳のわからない世界があって、でたらめな展開でも成立して、見知った登場人物が現れているんだ。そうに違いない、そうでなければいけないんだ。こんなの、ありえない――



「……キミ、大丈夫? 子どもがこんな時間に一人でいたら危ないよ」

 声に導かれて正気を取り戻す。

 ここは深夜の商店街で、僅かな明かりが世界を照らす。伸びた影は自分につながっていて、ひとりでにどこかへ行ったりはしない。

 目の前には知らないお姉さん……いや、商店街でたまに見かけるような気がする。この近くに住んでいると思われる大学生のお姉さんだ。


「ちょっと、気分転換に散歩を……」

「あははっ、深夜徘徊ってやつだ。私もたまにやるよ、たしかに気分転換になる」


 お姉さんを改めて見ると、服装がいつもと違う。私服じゃなくて婦警のコスプレみたいな水色の制服を着ている。そんな趣味があるようには見えないけど。


 ぼくは両手に違和感を覚えて視線を下げる。

 両腕には手錠が嵌められていて、自由が奪われていた。


「……あの」

「闇の決闘デュエルに参加するには子羊を一体生贄に捧げる必要があるのよね。……ごめんね?」

 そこでぼくの意識は途絶える。

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