ランブリングハーツ

秋乃晃

※目撃者の記憶はスタッフが消しておきました( ✌︎'ω')✌︎

 おばあさまもタクミも熟睡している丑三つ時。

 我はこっそりひっそり抜き足差し足忍び足で家を出た。


 これほどうまくいってしまうとは。

 お主もいっぱしのわるよのぅとべた褒めしてしまうぞ。

 お代官様ほどではあるまいて。


「ふんふん♪」


 鼻歌混じりにスキップする。

 昼間は暑くて溶けてしまいそうでも、夜中は涼しい。


 人通りが少ないのは、この辺にお住まいの人類が皆一様に寝静まっているからか。

 これほど月がキレイなのにもったいないぞ。


 写真を撮って、明日の朝に見せてやろう。

 二人の反応が目に浮かぶ。


 しかし、見せてしまうと我が真夜中に家を抜け出した事実はバレてしまうな――


「む」


 スマホを掲げてカメラを起動すると、月の手前にが写り込んだ。

 人の形にも見えるな。


 他の星からやってきた侵略者やもしれぬ。

 地球は我らが支配するのだぞ!

 先んじてアンゴルモアが地固めをしているのであって、他の星の奴らに侵攻されるなど言語道断。

 大王様のお耳に入ったら激おこぷんぷん丸で地球まで乗り込んでくるに違いない。


「コズミック重力制御グラヴィティコントロール!」


 必殺技名は叫んだほうがよいとアニメーションで学んだ。

 自身にかかる重力を半減させて、跳躍力を飛躍的に向上させるぞ!


「からのコズミック空間固定エリアフィックス


 重力を半減させるだけでは落ちてしまうので、自身の身体を空中で動かなくする。

 射程距離にを入れた。


「どぅわぁああ!? 人が飛んでる!?!?!?」


 敵に気付かれてしまったぞ。

 まあいいだろう。


 我のコズミックパワーからは逃れられまい。


「どこの星の者だ!」


 我の問いかけには「ぇえっ!? ほ、星??? 地球ですぅ!」と返されてしまった。


 見た目は、――どっかで見覚えのある少女。

 しかし、我のように人間の姿を真似ているだけの可能性も高いからな。

 か弱く見せて実はバリバリの武闘派だったら敵わない。


 上着はどこぞの学校のジャージのようなものを羽織っていて、スカートの柄にもこれまた見覚えがある。

 上野の街でたまに見かける女子高生と同じか?


 ぐるりと身につけているものを観察するが、飛行に必要な装置は見当たらない。

 頭にタケトンボを付けているわけでもなく、腰回りにボンベとジェット噴出装置を巻いてもいない。

 何の装置もなく人力で飛べる人型の生命体はこの星の上にはいないはず……。


「嘘をつくな!」

「そう言うアナタは何なんですかぁっ! ワタシアヤシイ吸血鬼じゃないヨ!」

「きゅうけつき?」


 解除したら何をされるかわからない。

 空中に固定したまま、我はスマホで『きゅうけつき』を調べる。


 地球上に存在する伝説の生き物らしい。

 人間の生き血を吸い、空を飛んだり、不可視の力を使ったりする。

 苦手なものは太陽の光とニンニク。


 ほうほう!

 またひとつ賢くなったぞ!


「うわーん! パパぁー! 空飛ぶ不審者に捕まっちゃったよぉー!」

「我はアンゴルモア。不審者ではなく、宇宙の果てから来た侵略者だぞ!」

「不審者よりアブナイ人だったよぉー! どーしよぉー!?!?!?」


 よその侵略者ではないのなら、我の敵ではない。


「解除」

「え! あ! ……動ける! 動けるようになりました! やったー!!!」


 吸血鬼の少女は空中で宙返りしてみせた。

 地球上には我の知らない不思議な力がある……!


「名前は」

「ふぇ?」

「相手が名乗ったら自らも名乗るのは、礼儀というものだぞ!」


 一般常識としてそういうものだとばかり思っていたが、少女は面食らったような顔をして「そ、そうだったんですね! 失礼しました!」と答えて髪を整える。

 違うのか?


朝霞鈴萄あさかりんどうです!」


 名前を聞いて「ああ、あの時の!」と記憶の輪郭がぼやけた状態からくっきりとした状態となった。


 不忍池しのばずいけのほとりで成長したタクミと再会した時に、我が一時的に変身した姿。

 落ちていた週刊誌の表紙の、ビキニ姿の女の子。


「ふぇ。どこかでお会いしてましたか? だったらすみません」


 ぺこりと頭を下げられた。

 ひょっとしたら十文字零じゅうもんじれいさんは会ったことがあるやもしれぬ。

 モデルだというし。


 それから唇に人差し指を添えて「これからどこかで会っても、ワタシが吸血鬼ってのはナイショにしといてくださいね」と言われた。


「なぜ?」


 我は侵略者としては恐れられる存在にならねばならぬ。

 安藤モアという一人間いちにんげんとしては、人類の味方をし、人類と共に歩んでいくぞ!


「ふぇえ? そ、その、人間サンは吸血鬼が怖いらしいので……ワタシは平和主義なのでなるべく穏便に……戦いたくないですし……」

「ふむ。心得た」


 彼女にも彼女なりの事情があるのだろう。

 太陽の光が苦手だというから、こんな時間に飛び回っているのだろうな。


「では、この辺でワタシはドロンさしぇて」

「待たれよ」

「ふぇ! なんでございましょう!?」

「ここで会ったのも何かの縁だぞ! 我と夜のコンビニに行こう!」

「コンビニでしゅか……?」


 財布は持ってきてない!

 が!

 ユニに頼んで、我のスマホでも『ピピっと』お会計ができるように設定してもらったぞ!


 タクミが使っているのを見てやってみたかったが、タクミと一緒にいる時はタクミが支払ってしまうからな……!


「なんでも好きなものを買うといい」

「ふぇえ!? いいんですか!?」

「いいぞ!」

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ランブリングハーツ 秋乃晃 @EM_Akino

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