夜の散歩にて

春海水亭

不意の出会い

 早寝早起きが高じて、最近では昼夜が逆転した。

 眠る早さを少しずつ早めていった結果朝八時に眠り、夕方六時に起きる生活を繰り返している。

 フリーライターという格好いい無職の僕は、自分の身体以外の一切の財産が無い。

 そこでせめて身体だけは大切にしようと健康的な太陽の光を追い求めていった結果、太陽に背を向けるように床についている自分が理解できないでいる。

 おそらく僕の早さに、世界のほうがついていけていないのだろう。


 起きてから一時間はダラダラと過ごし、夜の七時に執筆作業を開始する。

 今日は企業からの依頼も個人からの依頼もない。

 くだらないバラエティ番組をBGMに、パソコンにデフォルトで搭載されているメモ帳機能で様々な人間の悪口を書き続ける。

 ここ一ヶ月は仕事が全くない、大型休暇にも程がある。

 だが、就職活動をする気はない。格好いい無職ですらなくなった自分には何も残らない。

 肉体の健康と引き換えに精神がどんどんと病んでいくので、日付が変わるか変わらないかするぐらいの頃に散歩に出かける。


 冬の夜。満点とは言わないが、そこそこの星空。

 夜の住宅街は静かで、吐く息の白さすらうるさく感じるほどだ。

 誰もいない街を歩いていると、世界に唯一人で残されたような気分になる。

 気分だけは贅沢だが、街灯の寂しい灯りとは違う家の賑やかな灯りがそんな気分をすぐに打ち消す。


 歩いていると四つ辻に出くわす。

 道路と道路が交差する十字の中央、その隅に占い師がいた。

 占い師と聞いて一般的にイメージするような水晶玉の置かれた机が、占い師の座る椅子と来客用の椅子を挟んで存在している。


 奇妙なことである。

 深夜の占い師というだけならば、繁華街の方に酔客目当てにいないこともないが、こんな人通りのない深夜の住宅街にいるのはおかしい。

 街灯をスポットライトのように浴びた占い師は老いており、その両の目は夜よりも暗い色のサングラスに隠されて見えない。

 

 僕の頭の中にいくつかの深夜のオカルト体験が浮かび、走り去るか戻るかを判断しようとした時、


「君、厭な死に方するよ」

 道端の占い師が、僕の方を見てぼそっと呟いた。


 動かそうとした足が留まる。

 昼に言われれば、何事もなく通り過ぎ――その瞬間は気にしても、すぐに忘れ去ってしまっただろう。

 だが、深夜にそのようなことを言われてしまえば――それも存在するのがおかしい占い師に言われれば、厭でも気になってしまう。


「どういうことですか?」

「君……」

 占い師が椅子から立ち上がり、水晶玉を持ち上げた。


「私に惨殺処刑されて最悪の死に方を迎えるんですよォーッ!!!」

「クソッ!!そういうタイプの敵だった!」

 占い師が突如、筋骨隆々になった。

 持ち上げた水晶玉の先には鎖――鎖鎌ならぬ、鎖水晶玉ということらしい。

 いや、モーニングスターというべきか。

 占い師はビュンビュンと鎖を――そして、その先端の水晶玉を振り回し、僕を威嚇する。


「うふ……うふふふふーッ!!君の未来は死!!!否、君だけに留まらず人間の未来は皆死!!それを金だの仕事だの愛だの下らないことばかり気にして、可哀想だから占い師の私がもっとも適切な助言をくれてやろうと言うのですよ……そう!!!」

 咄嗟に身を屈め、水晶玉を回避した。

 水晶玉は僕の背後にあったアスファルトの塀を破壊する。

 この破壊力――伊達や酔狂で水晶玉を武器にしているわけではないらしい。


「今から死ぬから未来のことなんて気にするなってね……!!」

「ありがた迷惑のようで、ありがたくもないからただただ迷惑な奴!!」

 占い師の手に引かれた水晶玉が彼の手に戻り、再び遠心力を味方につけ始める。

 最初の一発は回避することが出来たが、それもどこまで続くかわからない。

 何故ならば相手は占い師――


「うふふ……貴方の未来が見えます!私の占いによれば貴方が水晶玉に頭をかち割られて死亡する確率は……百パーセントォ!!!死ねいッ!!」

「クソッ!ただの暴力の分際で、オカルトとデータ系の敵キャラを混ぜやがって!」


 ごしゃ。

 音がした。水晶玉が後ろの塀を破壊する音。

 外したのか、違う――僕は咄嗟に横に跳んだ。

 先程まで僕がいた位置を水晶玉が通過する。

 読者の皆様もお気付きの通りだ。水晶玉の破壊は進むときだけではない、占い師が勢いよく水晶玉を引けばブーメランのように占い師の手元に戻る際にも破壊の衝撃は発生するのだ。


「よく避けましたねェ……ご褒美に、ちょっとずつ攻撃を強めて行きましょう。今はただ大砲を撃つように一直線の攻撃です。けれど、鎖の振るい方を変えれば横薙ぎに鉄球を――そしてそれに付随する鎖によって、貴方の足元を崩すことも出来ます……あるいは貴方に鎖を絡めて締め上げるというのもいいですねェ……うふふ……安心して下さい……私は占い師、私が見た未来の通り、最期は水晶玉で貴方の頭をかち割って差し上げます……」

「クソッ!申し訳程度に占い要素足しやがって!」

 絶体絶命であった。


 読者の皆様も一度は深夜の散歩中に占い師に水晶玉で襲われたことがあるだろう。しかし、一般的に夜道で占い師に水晶玉で襲われた際の生還率はゼロと言われている。では、なぜ一度は水晶玉で襲われた皆様が無事に生存し、この小説を読んでいるのか。そう、皆様が無事に生存出来たというのは錯覚である。生きて戻ったフリをしているが実は死んでいるのだ。恐ろしいことである。ですが、生きていくというのはそういうことなのかもしれませんね。

 そして今、ぼくもそういうことの仲間入りを果たそうとしている――否!なってたまるか。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 雄叫びを上げながら、僕は頭を両腕で守りながら占い師に突っ込む。

 格好いい無職の僕の持ちうる財産は一つ、肉体だけ。

 ならば、その持ちうる全てで迫り来る死にぶつかっていくしかない。

 怯えていれば一方的に殺されるのみ、だが立ち向かえば――あるいは道が切り開けるかもしれない。


「馬鹿めッ!自分から死にに行くような――なにっ!?」

 僕の両腕に水晶玉がぶつかる。肉が弾け、骨が軋む。だが、占い師が期待していたほどの破壊力は出ない。

 遠心力を利用する以上、水晶玉が最大限の威力を発揮するにはある程度の距離を必要とする。今までの犠牲者は怯えて逃げ出すか、動けなかったのだろうが、あえて突っ込んだからこそ、僕に勝機が舞い込んできた。


「僕の未来は僕が切り開く!!!!死ねえええええええええええええええええ!!!!」

「グェェェェェェェェェッ!!!!!!!」

 僕は筋骨隆々の占い師の股間を思いっきり蹴り上げる。

 どれだけ筋肉があっても、内蔵だけは鍛え上げることが出来ない。

 琉球空手においてはコツカケと呼ばれる技術で、睾丸を体内に収納し股間への攻撃に備えるのであるが、どうやら目の前の占い師に琉球空手の心得はないらしい。


「お前みたいな奴は……言ってもわからんだろう!だが、あえて言ってわからせてやる!!!」

「グェ……股間を蹴り上げておいて……」

「未来は自ら切り開いていくものであって、お前が頭かち割っていいものではない!!」

 そう言いながら、僕はもう一度股間を蹴り上げる。

 占い師が苦悶の声を上げる。


「ど、どうせ私に抗ったところでいずれ人間は死ぬのだ……悩みながら……苦しみながら……」

「それでも……」

 ぼくはもう一度、占い師の股間を蹴り上げる。

 こいつ、全く言ってわからねぇな。


「人は抗い続ける、明けない夜はないのだから……」

 それだけを言って、僕は占い師を置き去りにしてコンビニに向かう。


 時刻は深夜二時、夜明けは遠い。

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夜の散歩にて 春海水亭 @teasugar3g

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