月夜のコンビニ散歩。

山岡咲美

月夜のコンビニ散歩。

「あー、もう零時れいじすぎてんじゃん!!」


 彼女、夜町歩美よるまちあゆみはスマホの時計を確認した。


「はやく寝ないと朝起きれないよ」


 夜町歩美はネット小説を読みながら、友達とメールしていた。


 いや、してるはずだった、彼女自身はネット小説を読み、通知音が鳴るたび返信を繰り返していたつもりだったが、二時間も前から友達は明日に備えて眠りについていた。


「私も寝よ!」


 夜町歩美は服飾専門学校の授業で作ったダックスフントがフリスビーに飛び付きくわえるがらの綿たっぷり入った[ドテラ]を脱ぎ、オシャレさの欠片もない高校時代から愛用してるあずき色ジャージで畳に敷かれたお布団へと潜り込む。



 電気は点けたまま寝る派だ。



「お腹空いてる……」


 ネット小説の読みすぎか、頭に糖分が足りてない気がする。


「でも今食べちゃうと、胃液がぎゃくる……」


「寝ないと……」


 頭からお布団をかぶる。


「でも頭スカスカで寝ると朝、頭痛くなっちゃうんだよね私……」


「んー、お腹空いて眠れない……」


「寒いしコンビニとかイヤだな……」


「…………ダメだ、これダメなやつだ」


 夜町歩美は人生の経験上、割り切りが早かった。


「シュークリーム買って、速攻食べて、速攻寝る!!」


「大丈夫、三時に寝て六時に起きる!!」


 本当に大丈夫?


 夜町歩美は布団から起きて、あずき色ジャージのままアパートの玄関へ。


 壁にかかった紺色コートを着込み、高校時代彼氏にあげそこなったオレンジ色のマフラーを軽く巻いた。



***



「明る!!」


 空は月に薄曇うすぐもかすむていど、月から離れた場所は星の海、町から少し離れた田んぼの近くにある夜町歩美のアパートからは結構星が見えた。


 肺に入る空気が冷たくて気持ちいい。



「真夜中の散歩もたまにはいいかもね」



 夜町歩美はゆっくりと、時おり体を回転させて、小さな子供のように夜の雰囲気を楽しんだ。



***



 コンビニはアパートから少し離れた国道の対面側にある。


 真夜中にあってそこだけ異質に明るい。


「信号機が点滅してる……」


 横断歩道の歩行者用信号が赤くチカチカと点滅し続けている。


 夜町歩美は左右を見渡し、そそくさと横断歩道を渡った。



***



「シュークリーム、シュークリーム」


 夜町歩美は自動ドアが開くとすべての商品を無視してシュークリームの売ってるスイーツコーナーへ、競歩の選手かってくらいの早さと歩きで駆け寄った。


 さっさと買って、さっさと食べて、さっさと寝るつもりなのだ。



「え?!」「わっ!!」



 夜町歩美はしゃがんでシュークリームを取ろうとしていた男の人とぶつかりそうになる。


 男の人がしゃがんでいたから対面棚の裏から来た夜町歩美からは見えなかった。


「あっ、軽音かるね君!!」


「え? ……夜町???」


 夜町歩美の目の前には高校時代の元カレ坂東軽音ばんどうかるねがデニムをいて黒いコートでヨタヨタと後退りした。


「あっ、ギター」


 ヨタヨタ後退りの原因=イコールギター。


「ああ、まだやってんゼ」


 坂東軽音は親指を立てて背中に背負う黒いギターケースを指差す。


「大人になりなよ、軽音く~ん♪」


 夜町歩美は少し笑い、冷やかすようにそう言った。


「何言ってんだ、こう見えてもインディーズじゃ結構名の知れたバンドなんだゼ」


 坂東軽音は自信満々に顔を上げ、夜町歩美を見下ろした。


「そうなん? じゃ名前教えて? 後で検索するから」


「えっ……、えーーーーと、その……」


「何よ、売れてんのウソ?」


「いや、インディーズじゃそれなりにーー、だけど」


「[結構]から[それなりに]にトーンダウンしたわね」


 夜町歩美は『あっ、コイツ見栄はってんな』と思った。


「そっ、それより夜町は何してんだよ」


 坂東軽音は目をそらし、そして話もそらした。


「えーー、私? 専門学校ーーーー」


 夜町歩美はシュークリームを一つ取りレジへ。


「へー、夜町も頑張ってんだ」


 坂東軽音も同じくシュークリーム。



「「あっ、レジ袋要りません」」


 かぶった。


「「会計は別で」」


 またかぶる。



 コンビニの店員さんが横を向いて少し笑う。


 シュークリームをプラプラ持って二人で外へ向かう。



「ナイト・タウン・ウォーク・ビューティフル!」


「何?」


「ナイト・タウン・ウォーク・ビューティフルだよ俺達のバンド」


「だから?」


「だからバンド名!!」


 坂東軽音は月を見上げ照れ臭そうにそうに言った。


「…………あっ」


 はその意味に気づく。


「えっ、えっとーーーー、あのーー、コレ、コレあげる!!」


「なっ、何、なんだよ!!」


 真っ赤になった夜町歩美は自分のしていたオレンジ色のマフラーで坂東軽音の首から顔までをグルグル巻きにした。


 慌てる坂東軽音。


 前が見えない。


 軽い女性の足音が駆けながら離れて行く。



「スマホの番号ーー! 前のままだからーーーー!!」



 すでに横断歩道の向こう側まで走り去った夜町歩美が、冷たい空気に良く通る声で叫んだ。


「あっ、俺も……」


 坂東軽音はオレンジ色のマフラーを顔から首へと下ろし、小さく声をだした。



 コンビニの前にはシュークリームを持ったギタリストが一人。


 空には明るい月。


 そしてバタバタと夜を走る、


 恋をしたままだった女の子。


 奇跡のような再会。


 月夜のコンビニ散歩。

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