奇妙な出会い

国城 花

奇妙な出会い


ふらふらと、月のない夜道を歩く。

いくつかの灯りが道を照らしているが、そのせいか闇がさらに濃く感じる。

しんと静まった夜の中を、行く先も分からないまま歩く。


『…どこに行けばよいのか』


どこに行けばいいのか分からないのに、歩くことをやめられない。

何かやらなければいけないことがあるはずなのに、思い出せない。


さわりと静かな風に顔を上げると、細い路地の先に小さな店が見える。


『こんなところに、店があったのか』


看板が古くて店の名前が読めないが、どうやら本屋らしい。

扉には、「閉店中」という札がかかっている。

少し気になって、敷地内に足を踏み入れた時だった。


「何の用だ?」


背後から子供の声がして、びくりと肩を震わせる。

振り返ると、小柄な少女が立っていた。

暗いせいで顔は分からないが、15歳くらいだろう。

私は、つい眉をしかめる。


「子供が、こんな時間に何をしている?」

「ここは私の家だ。お前こそ、何をしている?」


偉そうな口調で喋る子供は、どうやらこの本屋の子供らしい。


「私はただ、散歩をしている」


ふぅん、とあまり関心のなさそうな相槌が返ってくる。


「子供が起きている時間ではないだろう。家に入りなさい」


一応大人らしく忠告すると、少女はくすりと笑う。


「私にそんな心配は無用だ。それに、お前が来なければ私は外に出てこなかった」


どうやら少女が外に出てきたのは自分のせいだと知り、申し訳なくなる。

こんな深夜に怪しい人物がいたら、確かに不審に思うだろう。


「私は盗人ではない。…と言っても、証はないが」


こんな深夜に歩いているのだから、怪しいのは間違いない。


「散歩をしていたら本屋を見つけたから、少し気になっただけだ。この本屋は、昼間だったら開いているのか?」

「開いているが、お前は客にはなれない」

「…どうしてだ?」


今の自分が、怪しさ満載だからだろうか。

しかし少女は、自分の想像とは違うことを言ってくる。


「お前には、対価を支払えない」

「対価?」

「この本屋に入るには、対価がいる」

「金か?」

「いいや。金じゃない」

「では、何を…?」


少女は、店にかかっている看板を振り返る。


「ここは、時喰ときぐい本屋。客に求める対価は、時と記憶だ」

「時と記憶…」


到底信じられない話だが、少女の声から嘘は感じられない。


「お前は、そのどちらも支払えない」

「…何故?」

「自分の姿をよく見てみろ」


少女に言われ、自分の姿をよく見てみる。

しかし、何も変わったところはない。

いつも通りの、自分の姿だ。


さぁっと風が流れ、雲に隠れていた月が2人の姿を照らす。

白い髪に赤い瞳をした少女は、自分を真っすぐに見ている。


「今の世に、羽織袴に刀を腰に刺した月代の男はいない」


そう言われて初めて、少女の恰好が見たことのないものだと気付く。

周りを見渡してみると、見たことのない天を衝くような高い建物が建っている。


「…あぁ、そうか」


男は、自嘲気味に笑みを落とす。


「私は死んでいたのか」


ヨウは、ただ頷く。


「時が止まった死人は、時を支払えない。お前は記憶も失っているから、記憶も支払えない」


だから、この男は客にはなりえないのだ。


「ずっと、どこかに行かなければならないと思っていたが…私の行先は、冥土だったか」


行先が分かれば、もう彷徨って歩くこともない。


「礼を言う。これで、行くべきところへ行けそうだ」


体が引かれる方へ、ゆっくり歩みを進める。

白髪の少女は、ただそれを見ている。

奇妙な出会いだったが、良い出会いだった。


「最後に、お前の名前を聞いてもいいか」


今はもう、目の前の少女が人ではないことに気付いている。

赤い瞳が、少し寂しげな色を映す。


「我の名は、遥鬼ようき。遥かなる時を喰らうもの」

「そうか。遥鬼か。よい響きの名だな」


そう言って笑うと、少女は少し驚いた顔をした後に小さく微笑んだ。


「もう迷うなよ」


ヨウがそう言った時には、男の姿は消えていた。



「やっと行ったのね」


男の姿が消えると、ルイが店から現れる。


「記憶を失っていたとはいえ、何百年も自分の正体に気付かないなんて」

「あいつは、鈍い男だからな」

「ずっと彷徨い歩くなんて」

「方向音痴だからな」


ヨウは、小さく笑みをもらす。



『お前が、人を殺し回っている鬼か?』


夜道を歩いていたヨウの首に刀を向け、男はそう問うた。

深夜の散歩を邪魔されたヨウは、苛立たしげに赤い瞳を光らせた。


『我は、時を喰らうもの。人を殺しはしない』

『そうか。鬼違いか。すまんな』


そう言って刀を収めたのだから、驚いた。


『お前、名は何という』

『…遥鬼』

『遥鬼か。よい名だ。響きがよい』


そう言って、男は笑った。


『…ところで、ここはどこか分かるか?』


『お前、書物は読むか?』

『居場所がない?ならば、己で作ればよいだろう』

『そうだな…書物を売る店はどうだ?それなら、私が客になるぞ』


しかし、男は客として来ることはなかった。

主を守って死んだらしいと、人の噂で聞いただけだった。


「死人になってから来ても、客にはなりえないと言うのに…阿呆な奴だ」


ヨウは呆れたように笑うと、誰もいない暗闇に背を向けた。


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