最終話 私と彼の永遠の約束

 目を覚ますと、ベッドの上だった。

 先程まであの人の腕の中にいたのに、何故ベッドの上に? ?

 ゆっくり起き上がり周辺を見回す。

 ここはマノリウス邸宅内にある私の部屋だ……蒼間家の屋敷ではない。

 そういえばなかなか寝付けないと思っていたけれど、いつの間にか眠っていたようだ。

 今日見た夢はいつもより長かったような気がする。

 そのわりには眠っていた時間は短かったのか、外はまだ夜だった。

 その時膝に乗せていた手の甲に、ぽたぽたとしずくが零れ落ちた。

 

 え……?

 私は、泣いているのか?

 自分でも意識しないまま、目から涙がこぼれ落ちていた。


「雷電……」


 気づいたら私は夜着の上にローブを羽織り、外に出ていた。

 マノリウス邸の敷地内にある薔薇園は、所々に設置されている球体の魔石によって明るく照らされていた。

 夜空を見上げると、満月が皓々と輝いていた。

 再び目から涙がこぼれ落ちてきて、私は思わず両手で顔を覆う。


 緋野沙羅だった時の記憶が次から次へと蘇る。

 過酷な鍛錬を強いられていた幼い頃。

 母は物心ついた時には亡くなり、父親は娘を駒の一つとしか思っていなかった。

 女武者として戦を駆け巡り、夫となる雷電と戦場で出会った。


 そして雷電に請われ、彼の妻となった。

 彼に愛され、幸せだった日々。


 会いたい……。

 今すぐライデンに会いたい……。

 会ってすぐに抱きしめたい、と思った。

 夢の中で雷電は子供のように泣いていた。



「サラ……ッ!!」



 その時、私を呼ぶ声が聞こえた。

 ライデンに会いたいあまり空耳まで聞こえてきたのか?

 そう思いながらも、声がする方へ顔を向けるとそこにはライデンが立っていた。

 彼もまた夜着の上にマントを羽織っている。

 

「ライデン……どうしてここに?」

「夢を見たんだ……そしたら急にサラに会いたくなって……気づいたら外に出ていた」


 今にも泣きそうな声で訴えてくるライデンに、私は目を瞠る。

 まさか、彼もまた同じ夢を?

 私はたまらない気持ちになり、ライデンに駆け寄り彼の胸に飛び込んだ。

 ライデンは私の身体を抱き留める。


「夢を見たんだ。サラが死んでしまう夢を」

「やっぱりライデンも?」

「じゃあ、サラも?」


 私が頷くと、ライデンは抱きしめる力を強めた。

 まるで私が生きていることを確かめるかのようなきつい抱擁だった。


「沙羅が死んで数年後、俺もまた病でこの世を去った。君がいない世界など、俺の中では考えられなかった」

「……そうだったのか」

「緋野家はその前の年に滅んだ……俺が滅ぼしたんだ」

「……」


 蒼間雷電は和平協定を破棄した上に、沙羅を死に追いやった緋野家が許せなかったのだろう。

 復讐を終えた鬼は、生きる意味を見失ってしまったのかもしれない。

 私が死んだことで、彼が復讐の鬼になってしまったと思うと、胸が引き裂かれそうだった。

 彼を置いてこの世を去るべきではなかった……今、後悔したところで、もう遅いのだけれど。

 同じ時代、同じ国に生まれ変われたことに、改めて感謝したい気持ちだった。

 私はライデンの頬を両手ではさみ、その顔を覗き込み問いかける。

 

「ライデン、もう私達は敵対しなくて良いんだな」

「ああ……サラ、これからはずっと一緒だ」


 そのまま引き寄せられるように私達は唇を重ねた。

 明日、私達は結婚する。

 今夜程、夜明けが待ち遠しいと思った日はなかった

 

 

 ◇◆◇


 マウル神殿。

 髪の毛もセットされ正装したライデンの横顔はいつになく凜々しく見えた。

 お世辞抜きで絵に遺しておきたいくらい、いい男だ。

 お父様が雇った絵師にライデンも描いて貰うよう頼んでおけばよかったな。

 ライデンは私のウェディングドレス姿を見て顔を綻ばせた。


「今日のサラは綺麗すぎる。誰にも見せたくないくらいだ」

 

 こんなにも褒めてくれるのはライデンくらいだ。

 何度言われても照れ臭い気持ちになる。

 私はマノリウス家のメイドたちによって、これでもかというくらいに着飾られていた。

 キラキラしたクリスタルの髪飾り、 純白のドレスはシンプルなデザインだが、絹の光沢が際だって輝いている。メイクも昨日からフェイスマッサージ、美容液を塗り込まれたせいか、いつも以上に綺麗に仕上がっていた。

 礼拝堂の扉の前に立った私達は扉が開くのを待っていた。


「やっと……サラを妻に迎えられる」



 そう言ってライデンは私の手を握る。

 次の瞬間、扉が開かれた。

 礼拝堂の中央通路にはレッドカーペットが敷かれている。

 多くの人々に見守られながら、私達は神官が待つ祭壇に向かって歩き出す。

 この人が私の夫となる。

 信じられない気持ちと、嬉しい気持ち、そして緊張感。色々な気持ちが入り混ざっていた。

 神官の前に立った私達は一礼をする。

 王家の祖である山神マウル像の前に立つ神官は、ライデンに問いかけた。


「ライデン=ストリーヴ。あなたはサラ=エルシアを妻に迎え、共に生きていくことを誓いますか?」

「サラは俺の最愛の人だ。彼女を妻として迎え、必ず彼女を幸せにする」


 力強い雷電の言葉に私の目頭は熱くなる。

 前世は敵同士だったにも拘わらず、私達は惹かれ合い結ばれた。

 それほど強い縁なのであれば、きっとこの縁は今世だけではない。

 来世にも続くような気がする。

 

「サラ=エルシア。あなたはライデン=ストリーヴを夫に迎え、共に生きていくことを誓いますか?」


 神官は厳かな声で私に問いかけてきた。 

 私は目を伏せ、深呼吸を一度してから誓いの言葉を述べた。

 マウル神の前で誓うこの言葉は、私にとっては彼との永遠の約束。



「ライデンは私の最愛の人。ライデンを夫として迎え、末永く共に生きていくことを誓います」



                                End



 


 

 

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永遠の約束~幼なじみに振られた俺には、もっと可愛い婚約者がいたようです~ 秋作 @nanokano

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