第125話 新たなる刻 ~鴇汰 2~

 ――パン!


 最後の柏手を打った鴇汰は、強い目眩を覚えた。

 倒れるわけにはいかないと、そばの木にもたれると、麻乃が駆け寄ってきて肩を貸してくれた。


「俺たちが弱いせいで、まだこれだけなんだってさ。本当なら、一気に花が咲くほどの効果があるらしい」


「……そんなに? でも、今だってすごいよ。だって見てよ、ずうっと向こうまで芽吹いているよ」


 雨に打たれながら森の外まで出ると、広がる大地を眺め見た。

 この雨は三日ほど続くとクロムから聞いている。

 そのあいだに少しずつ、緑の息吹が大陸じゅうに広がっていくそうだ。


「ロマジェリカのあの山も、少しは緑が増えるといいよな」


「うん……そうだね」


 ただの術だと思っていた。

 術一つで、なにがそんなに変わるんだろう、と。

 それが、ほとんど枯れたようになっていた土地に、こんなにも緑が広がるなんて。


 急かされるような、胸のうちに沸き立つなにかが、鴇汰の胸を締め付けて涙が出そうになる。

 麻乃も同じ気持ちなのか、鴇汰の背中に回した手でギュッとシャツを握った。

 肩に置いた手で強く麻乃を引き寄せ、二人寄り添って景色を眺めた。


「これは本当に素晴らしい……」


 後ろでレイファーの従者がつぶやき、振り返るとこちらに笑みを浮かべている。


「レイファーさまの御父上にも、この光景を見ていただきたかった」


 雨に濡れてはっきりわからないけれど、泣いているようにもみえた。

 レイファーが王になっているということは、前王であるレイファーの父親は亡くなっているんだろう。

 鴇汰も麻乃も言葉を継げずにいると、従者の後ろからレイファーもやってきた。


「この地にこんなにも早く植物が広がるとは思いもしなかった……癪に障るが、さすが伝承の一人だな。今回のこれもいずれおまえの伝承として残るんだろう」


「なにを言っていやがるんだよ。伝承に残るとしたら、俺じゃあなくて、てめーのほうだろうが」


「俺が……? これだけ緑を広げたのは長田、おまえが……」


「俺ができるのはここまでだ。この先、豊かになるかどうかは、おまえ次第だろ。後に繋げていくために努力するのは、おまえたち大陸の人間だ。だから伝承に残るかどうかは、レイファー、おまえ次第で、残るならおまえの名前なんだよ」


 レイファーも従者も、鴇汰がこんなことを言うのは意外だといわんばかりの表情だ。

 なにがそんなに不思議だというのか。


「人は栄誉や名声を欲しがるものなのに、おまえは欲がないな」


「そんなもん、俺には必要ねーからな」


 そう言い切った鴇汰に、レイファーは僅かに笑ってみせただけだった。

 このあとすぐに、捕えた近衛兵たちを城へ連れ帰るという。

 マドルの墓へ案内できずすまないと頭を下げ、森を出ていった。

 それを見送り、もう一度、景色を眺める。


「このままずっと、この先も荒らされることなく、緑が豊かになっていくといいよね」


「そうだな……」


「ほかの国もこうなのかな? ロマジェリカなんて、ホントになにもなかったけど」


「いつか二人で見に行こう。庸儀も、ヘイトも」


 そういって麻乃にキスをしてからギュッと抱きしめた。

 いつでもずっと誰かが一緒で、やっと二人になれたと思うと邪魔が入る。


 新しい家に越してからもそうだ。

 必ず誰かがやってくるし、七番部隊のやつらなど泊っていくこともしばしばだ。


 楽しくはあるけれど、みんな来すぎじゃあないか?

 それともなんだろうか?


「あーもう。またかよ……」


 雲の切れ間から、鴇汰と麻乃を迎えにきた鳥の式神がみえる。


「帰ったらさ、少し二人でのんびりしようよ。東区の鴇汰の家もみてみたいし」


「そうか? それならみんなには黙って、何日かそっちで過ごそうぜ」


「うん。それにね、花丘の温泉も行ってみたいし、狩りにも行きたいよね? いい肉が獲れたらさ、演習場でキャンプするのも面白そうじゃない? 新人たちの訓練が始まる前にさ、少しでも楽しもうよ」


「なんだよ、やりたいことがたくさんあるんじゃんか」


「だって……今までは襲撃に備えて遊ぶことなんてなかったでしょ。それにさ、みんなと一緒じゃあなくても、二人ならきっと、なにをしても楽しいだろうから」


 はにかむ麻乃を抱きしめたいのに、迎えが迫っていてできない。

 八つ当たりとわかっていても、クロムが恨めしい

 だんだんと近づいてくる式神に、麻乃と二人、大きく手を振った。



~完~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蓮華 釜瑪秋摩 @flyingaway24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画