第124話 新たなる刻 ~麻乃 2~

 春――。

 ジャセンベルの港へ降り立つと、相変わらず砂まじりの強風が吹き抜けていく。

 遠くにみえる山には、まだ雪がかぶっていた。


「ロマジェリカに比べたらマシだけど、やっぱり砂埃がすごいね」


「だな。それでもこれからは、きっと少なくなってくるだろ」


「……だといいね」


 いつもはひっそりと渡ってくるから、岩場の人けがない場所へ降り立つけれど、今日は賑やかな港町へ入った。

 街じゅうの人の目がこちらをみているようで、緊張する。

 通りに立ち並ぶ店の前に、見たことのない果物や魚が並んでいるのを眺めた。


「泉翔とは違ってものの数量も多くないね」


「それもこれから増えていくといいよな」


 あちこち眺め見ている鴇汰の横顔は、麻乃よりも緊張しているふうにみえる。

 明日の術のことが気になるんだろう。

 早めに宿に入り、翌朝に備えてすぐに休んだ。


 翌朝はまだ薄暗いうちにクロムの迎えがきて、式神で移動した。

 訪れたのはジャセンベルの祠がある森だ。

 ロマジェリカの祠にはクロムと巧、穂高が、ヘイトにはサムと修治、岱胡が、庸儀には梁瀬と徳丸がいるそうだ。

 本来ならば、賢者たちが大陸を囲うように三ヵ所に留まり、鴇汰が大陸の中心あたりで術を使うという。


「叔父貴以外はまだまだ力不足だから、兄神さまたちの力をお借りするんだってさ」


「へぇ……そうなんだ」


 森にはレイファーが従者とピーターたち側近を伴って顔を出した。

 あとでマドルの墓へ案内をしてくれるらしい。


 荷物の中から豊穣のときと同じように泉の森で汲んだ水を出し、祠を丁寧に磨いて供物を備えた。

 今日はいつもとは違うから、祝詞は鴇汰が一人で上げた。

 レイファーの側近たちも従者も祝詞を聞きなれないせいか、怪訝な顔を見せている。


 祠の前で両手を合わせている鴇汰を、少し離れた場所から見守っていた。

 晴れた空に薄く雲がかかり、緩やかな風が木々を揺らしている。


 麻乃は周辺の気配を手繰った。

 何者かが潜んでいるような様子はない。


 ――パン! パン!


 と大きく柏手が二度響き、鴇汰がさっきとは違う祝詞を上げ始めた。

 今、ここにいないのに、クロムと梁瀬、サムの声が同時に聞こえてきた気がする。

 レイファーも同じなのか、キョロキョロと周囲に視線を巡らせていた。



――古よりの大いなる力に願いを込めて

――天と地を繋ぎ、魂を交わし

――神々の恵みを我らに注ぎ給え


――蒼き空よ、我らに晴天を与え給え

――澄んだ風よ、我らに清新なる息吹を与え給え

――輝く太陽よ、我らに光明を与え給え


――大地の母よ、我らに実り多き豊穣を与え給え

――流れる水よ、我らに潤いと清らかなる流れを与え給え

――生命の森よ、我らに繁栄と庇護を与え給え


――神々の啓示を受け、道を照らし

――神々の守りにより、安寧を得んとする者たちよ

――神々の名にかけて、我らの祈りを受け取り給え



 風がさらに強く吹き、雲が厚みを増して光をさえぎっていく。

 なびく髪を両手でおさえ、空を仰いだ。

 サラサラと降る霧雨が地面を濡らし、濡れた土の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 森の出口に近い辺りに立つレイファーの背後で人影が揺れた。

 再生の祝詞を上げている最中に、こんなにも祠の近くで血を流す行為があってはならない。

 麻乃は素早く走り出し、その人影を炎魔刀の峰で打った。


「レイファー、怪我は?」


「大丈夫だ。すまない、まったく気づかなかった」


 まだいる。

 仕かける前に抵抗されると思わなかったのだろう。

 出口の岩場あたりに潜んでいる。


 麻乃は森を出て岩場の裏へ回ると、その場に潜んだ数人をすべて倒し、レイファーの側近たちの手を借りて拘束した。

 反応が鈍いから軍属ではないと思ったら、レイファーの兄たちの近衛部隊だという。


「近衛でこの程度の腕前なら、今後、襲われても心配はなさそうだね」


「藤川はさすがの腕前だな。こんなにも早く拘束するとは思わなかった」


「だって……こんな神聖な術を使っている最中に、血を流させるわけにはいかないよ」


「確かにそうだな。レイファーさまにも怪我はなかったし、助かった」


「それより、まだ潜んでいる残党がいるかもしれない。藤川は長田についていてくれ」


 レイファーの側近であるケインがもう一人をジャックと呼び、周辺を探りに出ていった。

 お言葉に甘えて鴇汰の近くで周囲の警戒をした。

 あたりをぐるりと見渡して鴇汰に視線を戻したとき、麻乃は不意に違和感を覚えてもう一度、周囲をみた。


「すごい……」


 足もとから、木々の向こうに広がる岩場のほうも、見渡せるあちこちに緑が芽吹いている。

 ついさっきまでは、ただ赤茶けた大地が広がっているだけだったのに。


 ――パン!


 最後に一度、柏手を大きく打った鴇汰は、目眩を起こしたように近くの木にもたれた。

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