6.初めての変身、私は夢の担い手!!

 想定を超えた事態に遭遇した人間の思考は、ヒューズが切れる様にフリーズする。それは天性の防衛本能で有りごく当たり前の事である。目の前日広がる宇宙空間と荘厳な銀河系、そしてそれに向かう純白の鎧の戦士。そんなものをの当りにしたら思考はぶっ飛び体は固まり、肯定する力も否定する力も全てを失くしてしまう。


 そして、荘厳な銀河系の中心がじわじわと闇に飲み込まれて消えて行く。銀河系の中心には『いて座Aスター』と言う巨大なブラックホールが存在する。銀河系全体のバランスを取っているのはブラックホール、そいつが全体を飲み込んで行く光景はまるで暴走するブラックホールの禍々まがまがしさが満ちている。それを見た夏樹の顔はみるみる青褪あおざめ蒼白となる。宇宙や化学・物理には疎い彼女では有ったが、今目の前で繰り広げられている光景が尋常でない事だけは理解出来たからだ。純白の鎧の戦士は微動だにしない、この状況に対処する方法が見つからずに責め合ぐれているそんな風にも見えた。そして、戦士は夏樹の事に気付いたのかゆっくりと彼女に視線を移した。


「……夏樹…さん?」


 声が聞こえた訳では無い、頭の中で響いた囁きに夏樹は一瞬体をピクリと震わせた。


「え……あ、はい…」


 珈琲の入った紙コップを胸に当てたまま夏樹は頼りない返事をして見せた。


「助けてくださいませんか」


 あの夜、突然現れた彼女は凛々りりしく生気に溢れ力強く言葉を発していたが今、その迫力は影を潜めて全く感じられない。弱々しく今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい頼り無く感じられた。その彼女は自分に助けを求めている。しかし、自分に彼女を助ける手段など知る由は無い。


「え、な、何をですか……」


 自分でも頓珍漢とんちんかんな返事である事は自覚出来るが無意識に口を突いたのはそれだった。混乱する思考の中で凝視する闇はじわじわと銀河を凌駕りょうがして行く。甚振いたぶる様に広がって行く闇にか彼女はあらがう術を持たないのだ。しかしだからと言って自分に助けを求められてもそれこそ手も足も出る訳がない。


「貸してください、夏樹の力を」

「は?」


 マスクに覆われているから咖逢彩の表情を伺うことは出来ないがそのか細い声の感じからかなりの焦りを覚えているのは明白だった。


「出来るんです、夏樹、あなたには……」


 彼女の言葉が聞こえたのはそこまでだった、まるで硝子細工がハンマーで激しく叩き壊された様に砕け、一瞬で夏樹と咖逢彩の体は闇の中に細かい光の粒となって四散する。しかし、二人の意識は砕けず無の空間に放り出された。


「な、なにこれ……」


 何が起こったのか理解出来ずに絶対零度の不安が込み上げパニック状態に陥りそうになったがそも前に咖逢彩の気配を感じて夏樹は思わずその姿を探す。しかし、彼女の姿は視界……いや、意識が認識する範囲に見つける事は出来なかった。


「落ち着いてください夏樹さん」

「咖逢彩、どこ、何処にいるの?」

「大丈夫です、あなたのすぐ傍にいますから」

「どうなってるのこれ」

「残念ですが体を失ってしまいました」

「……え、私、死んじゃったの」

「いいえ、大丈夫です」

「大丈夫って、体無くなっちゃったんでしょ?」

「落ち着いてください、私達は闇……いえ、地球の学者さんたちが言うストレンジ物質に接触してしまったんです」

「な、なによそれ」


 少し切れ気味に咖逢彩に問うてみたが夏樹にはストレンジ物質と言う物には何となく心当たりが有った。某動画サイトにある解説動画で何回か見たり聞いたりした記憶によれば、クォークの一種である「ストレンジクォーク」を含む粒子のことでもしもそれに触れてしまうと地球すら一瞬で崩壊すかなりヤバい物質だった筈……


「お願いです、力を貸してください、夏樹さん、今ならまだ体を取り戻す事が出来ます」

「だからどうやって」

「叫んでください」

「はぁ?」

「ビアラー・オブ・ドリーム!-Bearer of dream!-と」


 意識の中にはてなマークが乱立する。いや、乱立と言うレベルではない、紊乱びんらんの激増、あるいは蔓延の極端とも言ってよい。


「早く!!」


 咖逢彩の強い呼びかけに夏樹は訳も分からずにその言葉を唱える。


「ビ、ビアラー・オブ・ドリーム……」

「そして、アンヴェイル・ユア・トゥルー・エッセンス‼と」

「ア、アンヴェイル・ユア・トゥルー・エッセンス?」


 言い終わった、いや意識の中で唱え終わった瞬間、意識が閃光に包まれた。それは真っ赤に燃え上がるような閃光でその激しさに一瞬意識を失いそうになったが間を置かず力がみなぎって来るのを感じた。そして、意識だけだった自分の存在が実態に戻っていく感覚も。そして気付くと体は元に戻り、視界が回復して脳の中に目から飛び込む画像が回復している事に気付いた。


 夏樹は腕を上げて自分の両掌に視線を移す。そして、その異変に驚愕する。


「な、なんじゃこれ」


 背中を冷たい物が一筋流れ押した様な気がした、そして、それとほぼ同時に脳裏に浮かんだ言葉が有った。夏樹は思わずそれを口に出す。


「ブローケン ワン、メンド ユア ハート-Broken one, mend your heart.-」


 言葉は更に続く……


「メイ ウーンズ ヒール、ピーシズ ファインド ピース-May wounds heal, pieces find peace.-」


 言い終わると同時にほぼ闇に包まれた銀河の中心に光が走る。そして、眩い輝きが治まると、その中心に咖逢彩が姿を現した。


「ありがとう夏樹、私達、元に戻る事が出来ました」


 何が起こっているのか相変わらず把握出来ていない夏樹の思考は既に停止している状態だった。ただ、元に戻って、いや、それ以上の事になっている事は理解してはいるのだが、それが何を意味するのかは相変わらず疑問符の乱立に遮られたままだった。呆然と立ち尽くす夏樹をにっこりと微笑みながら咖逢彩が見ている様に感じられた。

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星廻るふたご座に-Star Guardians Storyー 神夏美樹 @kannamiki

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