忘れられない三連単

snowdrop

幸運の女神

 どうしてミミズクのきぐるみを着てボイスチェンジャーで声を変えているんですか、と動画視聴者からきた質問に、

「俺の素顔と生声を見聞きした世の女性達が、一目惚れして押しかけてくる大惨事を未然に防いでいるんだよっ」

 いきりまくと、スタッフからは失笑すら上がらず、現場の空気は北極南極ツンドラ気候のように凍りついた。

「嘘じゃないって。動画を見てる人らにはわからなくても、一緒に働いているスタッフさんたちは俺の素顔を見てるじゃないですか」

 反応を求めて声を上げると、ようやく乾いた笑いが聞こえだす。

 あるときは、数字をゴロ覚えする競馬好き。

 またあるときは、インク沼にハマりかけながらよく喋る正直者。

 しかしてその実態は、見た目は小脇に知の象徴である本を抱え、虹色の羽角をもつミミズクのきぐるみ姿で動画配信サイト『有隣堂しか知らない世界』の番組MC兼マスコットキャラを務めている俺の名は、P.B.ブッコロー。

 そんな俺も以前は、動画サイトの別番組でフツーの格好をして、真面目に働いていた。

 あれは忘れもしない、ある夜のことだった。

「それで、どうなの? わたしの彼氏になる?」

 事務所に呼び出された俺は、思いもよらない難題を投げかけられ、返答に窮していた。

「なに言ってるんですか。意味がよくわからないんですけど」

「だから、わたしの恋人になりなさいっていってるのよ」

 目の前にいるのは美人プロデューサー、姫宮ミヤコ。

 髪は短く、整った目鼻立ちをし、声質は凛としてよくとおる優しげな雰囲気を持った敏腕上司である。

 これまで数多くの男子に告白されては気に入った相手を選び放題し、彼氏がいなかったことなど一度としてないと豪語するほど、見目麗しい気品が漂っている。

 そんな彼女から突然の告白。

 普通なら、夢かドッキリかと疑いたくなる展開だ。

「あのー、姫宮プロデューサーがなんで俺なんかを」

「決まってるじゃない。あなたが好きだからよっ」

 俺を好きといい切った彼女は恥ずかしくなったのか、頬を染めて顔をそらしている。

「もう一度聞きます。好きなんですか、姫宮プロデューサーが俺のことを? 数字をゴロで覚える競馬好きの俺なんかのどこがいいんですか」

「……ミヤコって呼んで」

「ミヤコって、姫宮プロデューサーの名前ですか」

「呼び捨てにされたい。ねぇお願い、ミヤコって呼んで」

 こんな美人に上目遣いで頼まれて断れる男などいない。

 でも、かろうじて残っている理性でたずねる。

「それ断ったら……どうなるの?」

 少し頬の赤い彼女は俺の顔をじっと見ると、自信アリげに笑った。

「ぶっ殺しちゃおうかな……なんてね」

 本気なのか冗談なのか。

 俺には彼女の真意が掴めない。

 これでは脅迫されているようなものだ。

 好きなはずの相手を困らせるために脅迫するのは怪しすぎる。

「ひょっとして、なんかの罰ゲームで俺に告白してるんですか」

「わたし、そんなことで告白なんてしないよ」

 悪ノリする性格ではないのは普段の様子からわかっていた。

 酔っているわけでもなさそうだし、本気だろうか。

「姫宮プロデューサーみたいな美人と付き合えるなんて嬉しいです。でも、よく知らないし、友達からでいいですか」

 はぐらかそうとすると、ミヤコは俺の体に密着しては悲しそうな顔を向けてくる。

「わたしじゃダメなの?」

「そうじゃなくて。俺はプロデューサーのことをよく知らないし」

「知ってくれたら付き合ってくれる?」

「ま、そうかな」

「なら、善は急げ、ね」

 世のお子様たちがドン引きするほど、俺たちは激しく求めあい、幾度となく肌を重ねた。

 結果、配信頻度が下がるとともに視聴回数も低下していった。

 動画サイトの収益は、視聴回数に直結している。

 さすがにまずいと思った俺は、彼女に別れを切り出した。

「どうして? わたしが嫌いになったの?」

「そうじゃない。もちろん愛している。だが、このままだと優秀な君のキャリアに傷がつく。俺にはそれが、どうしても我慢ならないんだ」

 付き合ってみて、彼女の性格を俺は知った。

 仕事と恋愛の両立ができない。

 好きなことに没頭してしまうあまり、ほかが疎かになってしまう。

「仕事なんてどうだっていい。わたしにはあなたがいれば、他に何もいらないの」

 俺なんかと出会わなければ、さらなる実力を発揮して上に行ける逸材に違いない。

「俺だってミヤコが一番だ。ミヤコさえいれば、他に何もいらないと思える。だけど生きてくためにはそれだけじゃ駄目なことも、聡明なミヤコならわかっているはずだ。このまま俺と一緒にいたら、ミヤコが駄目になってしまう。そんな姿を、俺は見てられないんだ」

 泣き崩れる彼女の元を去った俺は、今の職場に移った。

 きぐるみを着ては姿を隠し、ボイスチェンジャーで声色を変えているのは彼女のためである。

 どこで見られているか、わからないから。

 風のうわさでは俺と別れたあと、彼女は仕事に邁進し、いまでは登録者数百万人を超える大人気ユーチューバーのプロデューサーとして活躍しているらしい。

 いまでも385の三連単の馬券を買う度に、彼女を思い出す。

 幸運の女神と同じく、いい女は後ろ髪は長くない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れられない三連単 snowdrop @kasumin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ