不思議な貸本屋 ⑤(KAC20235)
一帆
好きなタイプは、腕? 背中? 腹筋?
ここは貸本屋せしゃと。
大きなお屋敷の蔵を改造した貸本屋なのだけど、位置情報サービスでは、見つけることができない不思議な貸本屋。
私は、うらちゃん(鬼の女の子)が池に落として、水濡れしてしまった絵本の修理をしていた。水濡れしたページ、1枚、1枚に挟んでおいた白い紙を抜き取る。抜いた白い紙は、絵本のページに付着していた水分を含んでしんなりしている。
「ヨレもないし、汚れもつかなかったし、問題なしでしょ?」
貸本屋の龍之介さんが、絵本を手にとった。ページをめくったり、ヨレていないか横から眺めたり、チェックをしている。
「確かに。ヨレはない」
「じゃ、うらちゃんの件は、不問ということで」
「いいだろう」と言うと、龍之介さんは、絵本を持ってその場からいなくなった。龍之介さんが見えなくなると、ハラハラした顔で見ていたうらちゃんの顔が、ぱあっと明るくなった。
「美雪、助かった」
「どういたしまして」
「これで、また絵本が読める」
「よかったね」
「ああ」
「何を読むの?」
「そうだな。『まゆとりゅう』は続きがあるのか?」
「ええ。あれは『やまんばのむすめ まゆのおはなし』というシリーズで、他にもあるけど」と言って言葉を詰まらせる。そのシリーズの中の『まゆとおに』は、おにがまゆを食べようとして逆にぎゃふんとなる感じだったことを思い出したから。
そんな絵本をお勧めしても、うらちゃんもいい気持ちもしないだろうから、話をかえようっと。
「……、そうだった! 昨日の夜は、真夜中のお散歩、楽しかったよ。桜、すごく奇麗だった。桜の木の下での桜姫の舞もすてきだった。つねたくんとうらちゃんにまだお礼を言っていなかったね。ありがとう!!」
「ああ。あれか。あれは、つねたが絵本を読んでもらった礼にと言ってな。……、そうだ、うらも美雪に礼をせねばならないな。なにがよかろうか……」
「いやいや、そんな……いいよ」
「そういうわけにもいかまい」
うらちゃんが眉をひそめて考えていたけれど、ぽんと手を打った。
「美雪! お前は、どういう男が好みだ?」
「はい?」
「美雪の好きなタイプをきいている」
一瞬、あいつのことが思い浮かんだけど、ぶんぶんと首をふる。
「腕か? 背中か? 腹筋か?」とうらちゃん。
腕? 背中? 腹筋?
好きな男性のタイプを聞かれていたんじゃ?
「はい? それはどういう??」
頭の中にクエスチョンがいっぱいになりながら聞く。
「筋肉だ。美雪は、男のどの筋肉が好きか?」
「へ?」
私、筋肉で男性を評価したことがないんだけど?
「鬼のかっこよさは筋肉で評価されるのだ。だから、こぞって鍛えていてな。例えば、胸板をあつくするために大胸筋を鍛えているもの、肩幅を出すために三角筋を鍛えているもの、腹筋を鍛えているもの……、いろいろいる。だから、美雪の好みを聞いて、今回の礼に美雪の好みの使役鬼を貸してやろう」
「へ?」
使役鬼?
いやいや、そんなの、絶対無理だし。
鬼だよ。鬼! それもマッチョの鬼! むりでしょ! 怖すぎ!
でも、そんな私の心の叫びを口にできない。
鬼の子であるうらちゃんに、マッチョ鬼はむり!なんて言えない。
私の戸惑いを遠慮していると感じたのか、うらちゃんの説明にますます熱がこもる。
「使役鬼は便利だぞ? 文句も言わず、買い物も料理も洗濯も掃除も何もかもしてくれる。命令すれば、お姫様だっこも添い寝もしてくれると聞くぞ?」
「う……」
「ただな。赤は全体的な筋肉のバランスがいいが背が低い。青は逆にひょろりとしているが、腕の筋肉に魅力が足りん。黄は逆三角形の背中をしているが毛深い。緑は………」
「う、う、うらちゃん……」
やっとの思いで、うらちゃんの言葉を遮る。
「ん?」
「……、本当に! 本当に、本の修理のことは気にしないで!! それに……、わ、私、………、おn、……男性は、ちょっと苦手で……」
「苦手?」
うらちゃんがぽかんとした顔をする。しばらく悩んでいたけれど、ぱあっと目を輝かせた。
「なんだそうか! 百合なら百合だと言ってくれればいいのに!」
ちが――――――――――――う!!!
鬼が苦手というべきか、百合ではないというべきか、うんうん悩んでいると、救世主のように龍之介さんが奥から出てきた。
「今日は、借りないのか? ……、さっき、桜の木の下がどうのこうのといっていたが、……、イラストが多いので絵本と間違いやすい、坂口安吾の『桜の森の満開の下』(立東舎 乙女の本棚)なら奥の本棚にあるぞ? 」
その言葉に飛びついたのは言うまでもない。
おしまい
不思議な貸本屋 ⑤(KAC20235) 一帆 @kazuho21
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