第5話
デートは、とても楽しかった。都内に赴いた私達は、映画を見て、水族館を見て、夕暮れを眺めながらこのレストランにやってきた。遥貴さんとの会話は楽しかった。年下だけれど落ち着いていて、物事をきちんと見て考える人なんだなと思える。こちらが無理に背伸びする必要もなく、強引でないリードをしてくれるので気後れする必要もなかった。心地よく対等に話せる。マスクをつけるようになって、久しく感じてない喜びだった。もしかしたら、もっと前からかもしれない。
私達は向かい合わせに座っていた。私の口数が減っているのにきづいて、遥貴さんもこちらの様子を伺っているようだ。もう先延ばしにできない。私は、話さなければならない。
「遥貴さん、私、まだお話できてないことがあるんです」
遥貴さんは、真面目な眼差しで私を見つめている。
「私、隠し事を、嘘をついていました。遥貴さんに、嫌われたくなくて。どうか驚かないでください」
そういって、私は、マスクを外した。目が合わせられない。絶望した遥貴さんの表情を見るのが怖い。
「真菜美さん」
呼びかける遥貴さんの声は落ち着いていた。顔を上げる。遥貴さんはマスクの紐を指にかけていた。それをそっと外す。
マスク外した遥貴さんは、目だけの印象より少し違った顔をしていた。いや、それよりも、この顔は。
「ドラッグストアの、店員さん!?」
遥貴さんは微笑む。
「真菜美さん、やっぱり全然気づいてなかったか。いつもお買い上げありがとうございます」
ふっと笑いながらいう遥貴さんは、大型店舗のレジをすごい勢いで捌く、あのいつもの店員さんだった。そういえば、世間がマスクをつけ始めてから、つまりはここ数ヶ月、姿を見なかった気がする。
「ところで、真菜美さん。隠し事ってなんですか」
「えっと……隠し事じゃなかったみたいです。隠せてなかったというか……」
口籠る私の様子を見て、遥貴さんは少し不思議そうにしてから、仕切り直しとばかりに居ずまいを直した、グラスを持った。私も慌ててグラスを手に取る。
「それじゃあ、初デートに」
「はい、初デートに」
頃合いを見計らったのか、順々に料理が運ばれてくる。素顔で気を張らず、誰かと食事するのって幸せなのだな。私はしみじみとこの得難い時間を噛み締めた。
マスク一枚越しの嘘 北野椿 @kitanotsubaki
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