金の兎耳の王【春】【旅】【うさぎ】

kanegon

金の兎耳の王

 赤煉瓦の都として知られるカルナ・スヴァルナ国の王は、国内視察の旅を行っていた。

 象の上に乗った王は、兎の耳のような形の風変わりな黄金の王冠を被っていた。

「シャシャーンカ王陛下の統治しておられる地域は、ガンジス河下流域の巨大三角州地帯です。水が豊かで、文字通り恒河沙の如く多くの米を収穫できます」

 臣下が媚びる口調で言う。

 視察というのは、国が豊かでよく統治されているというのを王に見せて満足してもらうための行事だ。

 しかしサラサンカ地方を進むに従って王の表情が渋くなってきた。他の地域よりも民衆が貧しくみすぼらしく感じる。土地も緑が枯れ気味に見えていた。

「どういうことだ。何故この地域は元気が無いのだ」

 シャシャーンカ王は臣下の制止を無視して象から降りて、自分の足で地面を歩いた。そしてその辺の農民に声をかけた。

「この辺の土地はどうなっているのだ。水源の山脈で雪どけ水を集める春や、暑季のにわか雨の時にはガンジス河が増水して、土壌ももっとぐちゃぐちゃになっているのではないのか」

「そ、それが、ここは川から距離があって、水不足なのです」

 それならば貯水池を作れば良いのではないか、とシャシャーンカ王は思ったが、その前に一つ気になることがあったので、農民に尋ねた。

「お前は婆羅門の教えを奉ずる者か。それとも仏陀の教えか他の教えか」

「お、俺は、両親の頃から仏陀に帰依しています。それが何か」

 仏陀嫌いのシャシャーンカ王は明らかに不機嫌な表情になった。仏陀の教えなどをありがたがっている連中のために、便宜を図ってやる必要など無い。

 だがすぐ考え直した。

 貯水池を作れば、その恩恵は仏陀の教えの輩どもだけではなく、宗教に関係無く全ての者にも及ぶはず。それこそが、長期的な視野で国を富ませるということだ。目先の仏陀の教えの者が気に入らないからと、短絡思考に陥ってはならない。

「分かった。我が、そなたらのために、この地に貯水池を作ろう」

 シャシャーンカ王は長方形の広い土地を指定し、四角に竭地羅木の杭を打ち込んだ。

「後は土木技師と作業員に任せる。それはそうと、仏陀の教えの者にも救済の手を差し伸べなければならないとは、王というのは選り好みができなくて不自由なものだな」

 文句を言いながら、シャシャーンカ王は再び象の上に乗った。高い位置からは遠くまで見渡せる。今までよりも遠くまで行けそうな気がする。ガンジス河を遡った位置にある諸国も、征服できそうに思える。

「そうだ。いいことを思いついた。この腹いせに、ブッダガヤの地に行って、仏陀が悟りを開いたという菩提樹を伐り倒してしまおう」

 こうして。

 月の別称である「うさぎの相を持つ者」という意の名をいただくシャシャーンカ王は、仏教視点からは弾圧を敢行した悪人として、ベンガル史視点からは、地域の発展に寄与した有力な王として、歴史に名を残すことになった。

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