ぐちゃぐちゃ症候群

南山之寿

ぐちゃぐちゃ症候群

「次の方、どうぞお入りください」


 診察室の扉が開き、俺は診察室に入るよう声をかけれた。中に入ると、黒い革張りの椅子に医者が座っていた。黒いロングヘアの凛とした女性であった。


「今日はどうされました?」

「数ヶ月前に、『ぐちゃぐちゃ症候群』と診断されまして……。生活がまともに送れないんです! こちらに専門の先生がいらっしゃると聞いて……」


 女性医師は簡単な問診をしながら、俺から引き出した情報をパソコンに入力している。俺の質問にも的確に答えを返してくる。専門と言われるだけのことはあるなと感じていた。


「症状は、行動型の様ですね」


 行動型ぐちゃぐちゃ症候群。前回の診断と変わらない答えに、俺はガクリと肩を落とした。右に進もうとすれば、後ろに進む。手に持ったものを口に運ぼうとすると、足が上がる。毎回同じことが起きるわけでもない。もちろん、毎日起きるわけでもでもない。


 ただ、いつ起きるか分からない恐怖に怯え、外に出ることができなくなった。幸い仕事はリモートワークで何とかなっている。今日、俺は生命がけでこの病院に来ていた。


「ぐちゃぐちゃ症候群を治す方法は、実は簡単なんですよ」

「えっ!!」


 女性医師の言葉に、俺は目を輝かせた。希望の言葉。俺は、飛び跳ねて喜びたい衝動に駆られた。


「ど、どうしたらいいんですか!!」

「今から話すことは、口外しないとお約束して頂けますか?」

「もちろんです!」

ぐちゃぐちゃ症候群なんです。でも、治療法のおかげで、問題なく生活を送れてます」


 普通の生活に戻れる。俺は藁にもすがる思いで、女性医師の話を聞いていた。


「ぐちゃぐちゃ症候群同士が、症状が抑制されるんです……。よろしければ、こちらの部屋で試しませんか……」


 女性医師の言葉に、俺は耳を疑った。症状の抑制ができると聞いた喜びもさることながら、女性医師の言葉から治療法が朧気ながら想像できる。据え膳食わぬは男の恥であると、俺は直ぐに返事をしていた。冷静を装いながら。


「分かりました。お願いいたします」


 俺は暗がりの部屋に通され、診察台の上に、服を脱いで横になる様に促された。不安と期待。複雑な思いが去来する。女性医師に渡された水を飲み、俺は横になった。


「私のぐちゃぐちゃ症候群の型なんですけどね。料理型なんです」

「珍しい型なんですか?」

「そうですね……。珍しい型だと思います。料理をすると、ぐちゃぐちゃにしちゃうんですよね……」

「大変ですね……」


 診察台の上で横になる俺の横に、女性医師が腰をかけ話しかけてくる。俺は、少し眠気に襲われる。何とか目を開けようとするが瞼が重い。


「お薬が効いたみたいね……。ごめんなさいね。治療法があるのは嘘なの。ぐちゃぐちゃ症候群は、治らないわ……」


 混濁する意識の中、俺は何を聞いているのか意味が分からなくなっていた。


「私のぐちゃぐちゃ症候群……。料理型の中でも、ひき肉をこねたくなる症状なの……。何年も症状が続いていてね、もう、普通のひき肉じゃ症状が治まらないの……」


 俺は、これから起こるであろうことを理解し、意識を失った。目を開けることは、もう、ないのかもしれないと思いながら。

 

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