ライターが書くグルメ原稿の下にはぐちゃぐちゃした現実が埋まっている
丸毛鈴
ライターが書くグルメ原稿の下にはぐちゃぐちゃした現実が埋まっている
「はーい、じゃあ、料理お願いしますッ!」
カメラマンがストロボその他のセッティングを終えると、「銀河飯店」のシェフが「はぁい、ホロホロ鳥の中華風グリル~」と皿を置いた。おかしな節回しだったのは気になったけれど、シェフは異国の出身であるからして自然なのであろう、とわたしは受け入れた。
「料理の正面、どっちですか? ここから撮るのでこっち向けてください」
「こっちから撮るとカワイイからねえ~。しっかり撮ってね~」
――カワイイってなんだよ。
と思いつつ、わたしはメモとペンを構えながらニコニコして、「わあ~おいしそうですねえ」と口にした。現場を盛り上げるのもライターの仕事だ。フリーライターとして独立して二年。アシスタントのころにさんざん叩き込まれた基本は、まだ忠実に守っている。実際、こんがりと焼き上げられた鳥の丸焼きはおいしそうだった。皮はパリパリ、中はジューシーってやつだ、たぶん。
「お師匠ッ、お師匠ッ、めっちゃ美味しそうに映ってますよ!」
シェフのアシスタントだとかいう女性が、カメラマンのノートパソコンをのぞきこんで興奮気味に手招きした。「弟子」を名乗る彼女は栗色のくるくるしたくせっ毛を両脇で輪っかにしてリボンで留める、“ツイン輪っか”とでもいうべきヘアスタイルをしている。なかなか個性的で、高級料理店の厨房には珍しいタイプだ。モニターには、現実よりもさらにおいしそうな「ホロホロ鳥」が映っていた。
「いい感じだね~。やっぱりホロホロ鳥はくぁわいいねえ」
「このホロホロ鳥、やっぱりフランスとかから輸入してるんですか?」
「違う違う。このホロホロ鳥、ふつうと違う。もともとはミャウティンマウティンの、そのまた沖合のアイランドで獲れるの。変わった鳥。とても美味しい。わたし、感動した。でもその鳥、星の外に出せない。だからえーっとニッポン、オカヤマのほうで、宇宙放射線がちょっと強いところがあるから」
今、なんつった?
「あーっ、お師匠、ややこしいこと説明すると日本語がちょっとアレだから、通訳しますね! このホロホロ鳥は遠い南の島が原産なんですよ。日本ではあんまり知られてない島だから、名前は書かなくていいんじゃないかな? その島でお師匠はこのホロホロ鳥に出会って、感動したんです! でもその鳥はほかの星には出せないから」
今、なんつった?
「ほかの国には出せないから」
シレっと言い直した。
「こっそり卵を持ち出して、ミャウティンマウティンと環境が似た、岡山の農家さんに孵化してもらって繁殖させたんですよー! だからこの鳥を食べられるのはウチだけなんですぅ☆」
弟子はバシッと星が出そうなウィンクをかましたが、「こっそり卵を持ち出して」って、それ犯罪じゃないのか。書けねーよ。
「へ、へえ、『日本では珍しい、貴重な食材』ってことですね」
原稿内容を考えながらしゃべるのは、仕事柄のクセになっている。
「そう! そうなんですよぅ。次のお料理までもうすこし時間がかかるから、よかったら召し上がってください」
弟子はホロホロ鳥を切り分け、小皿に盛ってわたしの前に出した。
「お先にいただきますね」
ストロボの位置がえに忙しいカメラマンに断って、わたしはその鳥の丸焼きを口に入れた。
「?」
皮はパリパリ、中はジューシー……なはずのホロホロ鳥は、文字通り「ホロホロ」と口の中で溶けた。落雁のような崩れかたで、きなのこのような食感を残し、ある種のクッキーのような口どけで、それはわたしの口の中に消えていく。ただ、あと味は焼いた鳥や鶏のそれだった。なんだこれ、脳がバグる。
「いかがですぅ?」
「おいしいです。でも、予想以上にホロホロでした」
虫でもゲテモノでも、現場で食べた以上は肯定的な感想を言う。それがライターの仕事だとアシスタント時代に(以下略)。
「そうなんですよー。ホロホロって名前でよく誤解されるんですけどー、それ、ホロホロしているからシェフがつけた名前なんですぅ。地球のホロホロ鳥とは関係なくって。皆さん最初はびっくりされるけど、食べるとクセになるおいしさなんですよぅ」
何か聞き逃してはいけない単語が含まれていた気がするが、わたしにはもっと驚くべきことがあった。箸が止まらないのだ。落雁、きなこ、クッキーなのに鳥の味。落雁、きなこ、クッキーなのに鳥の味。止まらない、止めたくない。
「おいしいですよね~。も少しどうぞ」
弟子は次々と切り分けて出してくれる。わんこそば状態だ。
「そんなおいしいんスか。オレの分、なくなっちゃいそう」
セッティングを終えたカメラマンに苦笑されて、我に返る。気づけばホロホロ鳥の丸焼きの、半分以上を食べつくしていた。
「すみません……。おいしくて、つい」
「じゃーん! お次はこれー!」
カメラマンが指定した場所に、シェフがどーんと料理を置いた。三十センチほどの白いオーバル皿に、オマール海老のようなものが乗っていた。それはオマール海老のよう……なのだが、なんだか紫……? というのか青緑とでもいえばいいのか、とにかくラメ素材をまぶしたようにきらきら光っている。なんだこれ? いやいや、地球は広い。こういった変わった甲殻類もいるのだろう。沖縄で見た魚は鮮やかな青や緑をしていたし。
「こ、この海老……? は、オマール海老とか、ですよね?」
「オマール違うよ! タウ星のね、もっともっと先の星系で、ミルキーウェイで勝手に繁殖してる!」
なんつった? なんつった? なんつった? 頭に「?」を百個ほど浮かべている間に、シェフが何かを手に持ってきた。
「これを二日丸茹でして、油かけて丁寧に揚げたのが、それ!」
つまり、シェフが手に持っているのは、調理前の食材ということだ。それは……オマール海老……に似ていなくはないけれど、ものすごい多足でウネウネして、長ーい尻尾……そう、爬虫類の尻尾のようなものが前後についていて、さらに腹に……なんだか言いたくない、とっても言いたくないが、「口」のようなものが開いていた。開閉というより収縮と拡大といったほうがよい動きを見せるその口は、見たくないのに吸い寄せられる力があって……あれ? 中にキラキラと光るものが……あれは、銀河……?
「あっ! 見ないほうがいいですよっ」
弟子が後ろからわたしの目をその手でおおった。
えっと、そもそもわたしは何をしに来たんだっけ。ライターの仕事に、未知と遭遇して女の子に目隠しされるってふくまれてる? そもそもこの店に来たのは、食の巨匠こと、料理評論家のギガンティックゆうこさんから紹介されたからで、この店はたしかオーセンティックな中華料理店だったはず。オーセンティックって伝統的って意味だよね? シェフのワンさんは凄腕だけど雇われる店に恵まれず、やっと自分の店を持って……たしか中国の広東省出身で……。
「この『繧ョ繧ャ繝ウ繝?ぅ繝?け螳?ョ吶お繝薙き繝九き繝悶ヨ繧ャ繝』は、実存を食う! だから、旨いのよ!」
なんだか聞いてはいけない音の羅列が聞こえた気がする。でも、ワンさんは広東出身だから。きっと中国語なのだ。そうだそうだそうに違いない。その間にも、シュウウウウウウウウウとすごい音が……いや、音じゃない。脳に直接響くような感覚が、している。わたし、が、吸い込まれて、しまう。
「これ食っちゃう、実存! だから、亜空間密閉ボックス入れる必要ある! 空間転移輸送も金食う! ウチの料理代、エクスペンシブ、ほとんどこいつのせい!」
エクスペンシブ……この店のメニューはおまかせコースだけで三万五千円の一本勝負。それはつまり、「あくうかんみっぺいぼっくす」と輸送代であり、たとえるならば、アレだ。大分県の関サバ・関アジが、すぐれた空輸技術によって獲れたその日に東京で食べられるようになった、でも輸送費かかるから現地より高くなるっていうアレ。アレも、魚を傷つけないように特殊なボックスを使うんだっけ。
うんうん、同じ同じ、関サバ・関アジと同じ。
「『貴重で繊細な食材』を『特殊な輸送方法』で東京まで持ってきているんですね」
わたしはわたしの何かを吸い込まれそうになりつつも、そう言いかえた。
「師匠、ボックス、ボックス閉じて!」
弟子がわたしの目から手を離した。視界が開け、空間がゆがんで、収縮する「それ」の口に吸い込まれているのが見えた。わたしの輪郭もゆらいでいる。すべてがズズズズと吸い込まれていくその向こうに、ペッカーと光り輝くようなシェフの笑顔。シェフのさらに向こうにいるカメラマンは、この「吸い込み」の範囲から外れているらしく、ふつうにカメラをかまえている。
弟子がシェフの手から「それ」をぶんどり、箱に押し込んだ。蓋を全体重をかけて押さえて、はーっはーっと息をした。
「えっっっと、ちょっと変わった食材なんですよ。形は変わってるけど、適当に切っちゃえば海老、海老、地球の海老だし! でも美味しいんですよ!」
弟子は青ざめ、脂汗をかいている。無理に作った笑顔が怖い。
「とっても美味しいので! 食べて行ってくださいね! ぜひ」
怖い怖い怖い怖い、笑顔が怖い。しかもあれ食べるの? なんか爬虫類みたいな尻尾ついてたんだけど。すんげー禍々しい口みたいなのついてたけど。
「召し上がれ♡」
弟子が、メイドカフェのメイドもかくやの笑顔で、「それ」を切り分けた小皿を差し出す。でもほら、虫でもゲテモノでも、現場で出されたら食う、そして肯定的な感想を言う。それがライターの仕事だとアシスタント時代に(以下略)。
「あ、おいしい」
「でしょ♡」
なんか、ふつうだった。ぷりぷりして、甲殻類らしい旨みがたっぷり。
わたしはオーバル皿に盛られた調理済みの「それ」の本体をそっと持ち上げて、腹を見た。腹にぽっかり穴があき、虚空が呼吸するように収縮を繰り返していた。わたしは何も見なかったことにする。
「銀河飯店」の紹介原稿には、結局、「シェフが自らの目で厳選した貴重な食材を……」といった無難な文言が並ぶこととなった。ウソではない。ただ、ホロホロ鳥については、「唯一無二の食感が新たな味覚の扉を開いてくれる」と、変わった味を示唆しておいた。
そしてそのまた後日。雑誌が発売されてから、ギガンティックゆうこさんからは、「わたしが紹介したのは『銀星飯店』であって『銀河飯店』ではない」旨の抗議がきて、平謝りすることとなった。
半年後。西麻布の隠れ家的スポットにあったあの店は、人知れず消えた。ついでに言うと、あの日以来、わたしのからだからはヘソが消えた。わたしの「実存」はヘソだったのか。
ライターの道は厳しい。
ライターが書くグルメ原稿の下にはぐちゃぐちゃした現実が埋まっている 丸毛鈴 @suzu_maruke
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