ミニマリストの神様

あしわらん(葦原名香子)

ミニマリストの神様

 私はミニマリストの神ミニマル。天界では比較的新人である。主な仕事は、必要以上に持たぬこと。そして、その精神、生活様式を以て、人々の規範となることだ。


 しかし、余計な物がないと時間ができる。暇を持て余す。暇だと他人のことが気になる。これは私の性分なのか、他人が余計なものに埋もれているのを見ると、ついスッキリさせたくなってしまう。


「いやはや人間というのは身の周りを散らかすのが好きな生き物だな、まったく。そう思わないか、神父ルー」


「然様ですな、ミニマル様。おかえりなさいませ。しばらくぶりのご帰還ですね。して、今回の暇つぶ……いえ、お仕事はいかがでしたか」


「聞きたいか? 今回も多くの人間を混沌から救ってやった。私の御業はこの報告書に簡潔にまとめたぞ。好きに目を通せ」


「ははあ。それでは僭越ながら、拝読いたします」


1件目

紙出かみでたのむ 56306 → 112612


2件目

干井ほしい愛我あいが 20 → 0


3件目

借入かりいれ金義かねよし 10340 → 763



「神様、申し訳ございません。浅学な私奴わたくしめにお教えください。この数字は一体何を意味しているのですか?」


「ちと情報を削りすぎたかな。私の悪い癖だ、すまない。特別にその報告書を元にして私の御業を説明しよう」


「神様自ら? それは恐れ多い」


「気に病むでない。あとでちょっと聞きたいこともあるのだ」


「かしこまりました。拝聴いたします」


 コホン。


「1件目、紙出かみでたのむ。この男は本が溢れて、仕舞う場所がないと嘆いていた。その数実に56306冊。そこで私は彼の耳元でこう囁いた。本を全て自炊裁断してPDF化して電子書籍に変えればよいではないかと。その結果、本棚の数はそのままで蔵書が二倍に増えた。棚の数は増えていないのに、だ。どうだ、すごいだろう」


「それはそれは……」


「2件目、干井ほしい愛我あいがという男は源氏名、愛堕あいだ。20人も恋人がいてにっちもさっちもいかない様子だった。それを見かねてネットに素顔を晒してやったら恋人は一日で霧散した。これぞ神業。怨恨もスッキリだ」


「それはそれは……」


「3件目、借入かりいれ金義かねよしは、あちこちの借金取りに追われて逃げ回っていた。そこで私は、複数に追われるくらいなら一人に追われた方がましだろうと思い、おまとめローンの店先で小石を転がしてやった。借入は神の啓示に気付いて入店。借金が一本になり、あちこちの取り立て屋から逃げ回る必要がなくなった」


「それはそれは……」


「人間というのはどうしてこう、自らを混沌に陥れてしまうのかね」


「いやはやどうして、私どもは愚か故……。して、10340 → 763というのは借金の総額ですか? 単位は万? しかし、おまとめしただけで減るというのは変ですね」


「いや、それは、その男の寿命だ。私の目は神の目。見た者の残りの寿命を見ることができる。神父ルー、お前も寿命の半分を差し出せば、この目をやるぞ?※」


「……私の浅はかな知識では、確かそれはの目だったような※」


「何か言ったか?」


「いえ、なんでもございません。私奴は人間ですから、神の目など恐れ多くていただけません。して、なにゆえ寿命が短くなったのでございましょう」


「何故だろうな。そこが私もわからないのだ。思い返してみれば、おまとめローンの店の従業員は、よくいる人間とは形がちょっと違ったな。程だが、確かに違った」


「あーあ、なるほど」


「何がなるほどなのだ?」


「それはあとで申し上げるとして、先の二件、紙出さんと干井さんはその後幸せになったのでしょうか」


「それが、ここだけの話、そうではないのだ。ちょっと聞きたいことがあると言ったのはそのことだ。オフレコで頼むぞ。私は生まれて間もない神故、古参の神にこのことを知られたら馬鹿にされてしまう。耳を貸せ」


「かしこまりました。これから聞くことは墓場まで持っていくと誓います」


「紙出に関しては、今は本ではなく大量の紙に埋もれ、読みたい本が読めないと嘆いている。干井などは五日後に自殺してしまった。誠に人間は不可解だ。私の御業の何がいけなかった? 神父ルー、どうか私に教えてくれ」


「それでは僭越ながら」


 コホン。


「まずは1件目、紙出頼さんの場合、彼は本を裁断しPDF化したはいいものの、結局裁断した本を捨てられず、電子書籍も合わなかったのでしょう。やはり紙で読もうとした。しかし裁断した本というのは管理が非常に難しい。ページがバラバラになってしまい、元に戻せなくなり、今は56306冊分の紙に埋もれて、読みたい本が読めなくなってしまったのだと思われます」


「なに!? そんなことが起こりうるのか!?」


「2件目の干井愛我さんの場合、いかにズブズブの泥沼だろうが、彼には恋人が必要だったのです。ネットに素顔を晒されたショックと恋人を失ったショックのダブルパンチで、もはや生きる希望をなくしてしまった。その末の自殺と考えられます」


「なに!? そんなことも起こり得るのか!?」


「3件目の借入金義さんの場合、そのおまとめローンのお店はさんが経営していて、その取り立てはどこよりも厳しく残忍なことで知られています。そこにおまとめしてしまったが故、担保として生命保険に加入することになったのでしょう」


「生命保険とはなんだ?」


「被保険者が死ぬとお金が下りる仕組みです」


「神父ルー、私は人間界のことはよくわからない。ミニマリストの神として、してやれることをと思い神の御業をふるったが、全て余計なことだったのだろうか」


「神様、人間というのは、どうにも不器用な生き物なのですよ。人生のあちこちでこんがらがり、二進も三進も行かなくなることが、多かれ少なかれ誰にでもある。神様から見れば愚の骨頂に見えましょうが、それは本人が自ら考え、解決するしかありません。他人が下手に手を焼くと、余計ぐちゃぐちゃにしかねない。よくわからないなら手出ししない――人間界における暗黙のルールのようなものです。それがいい時も悪い時もございましょうが」


「すまなかった。人間というものをよく理解することもなしに、神の御業と奢ったばかりにこのような結果を招いてしまった。渦中でもがいている人間を見ているだけというのは些か心苦しいが、安易に手を焼くべきではないのだな。人間というのは誠にややこしい生き物よ」


「それが人間というものですから」




※大場つぐみ先生著『DEATH NOTE』に愛を込めて

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