私の嫌いを見逃してくれたあの日から、つないでいたい手はあなただけ……。【KAC20233】

kazuchi

大好きな彼と部屋で二人っきりって!! どうしてこんな状況になったの!?

『……華鈴かりん、もう少し身体を僕のほうに寄せてくれないか? もっとはっきりと見たいから』


 ゆ、悠里ゆうりの顔がめちゃくちゃ近い……!!


 彼の吐息まで感じられる距離だ。


 私、四宮華鈴しのみやかりんは自分の部屋で、幼馴染の悠里と二人っきりでどうしてこんな状況になっているのか!? そして今日に限って私以外の家族は全員不在なんて……。


 その理由わけは昨日の放課後に交わした会話が切っ掛けだった。



 *******



『……なあ華鈴、お前は本当に良かったのかよ。僕の居残り勉強の付き添いなんて断っても良かったんだぞ』


『えっ!? ごめんね、いま私、悠里の話をよく聞いていなかった』


 私たち以外誰もいない放課後の教室。昼間の喧騒がまるで嘘のようだ。


『最近のお前、ちょっと変だぞ。まあ僕にとっては小学校のころに見慣れている華鈴に戻ったみたいで嬉しいけど……』


 時折、見せてくれるはにかんだ笑顔。以前の悠里は素直に感情を口に出来る男の子だった。私と正反対の性格でまるで太陽のような存在だった。


 ……そんな彼が私は今でも大好きだ。


 大げさかもしれないけど、好きとか嫌いとかそんなんじゃなくて植物にお日様の日差しが必要なように無くてはならない存在だ。先日の居残り勉強を切っ掛けに見慣れている悠里が戻ってきてくれてとても嬉しい。子供っぽいかもしれないが絶対に私の気持ちのほうがまさっていると思う。もしも今の気持ちに順位を付けられるとしたら間違いなく第一位と宣言したいほどに。彼みたいに素直に口にはとても出来ないけど……。


『……華鈴。やっぱり熱でもあるのか?』


『えっ、どうして!?』


『だってお前、耳まで真っ赤だから。ちょとしてみろ……』


『な、何すんのっ、悠里!!』


『馬鹿、おでこで熱を測ろうとしただけじゃないか……。そんなに慌てて椅子をガタガタすんなよ。ただでさえお前の体重でぶっ壊れそうなんだから』


『ば、馬鹿はどっちよ。それに体重は華鈴、そんなに重くないもん。悠里って昔からデリカシーがないんだから!!』


『なんだ、冗談を真に受けんなよ。まあ体重は確かに華鈴は痩せ過ぎかもな。出るとこ……』


『ストップ!! それ以上口にしないで……。そういうあなたの軽口がデリカシーがないっていうの、まったくもう』


 ……マスクをしていて本当に良かった。自分の顔を見れなくても分かるくらい真っ赤な頬を隠してくれるから。みっともない程うろたえてしまったのは体重のことを言われたからじゃなく、彼が真っすぐに伸ばしてくれた手に触れられるのが怖かったから。


 やっぱり私、ねつがあるみたいだ。恋というやまいの熱。


 初めて悠里の居残り勉強につき合った日はここまで意識していなかったのに、どうしてこんなに胸が高鳴るんだろう。私はまだ十四年間しか生きていないが最大心拍数BPMを刻む。制服の下の鼓動がもしかして彼の耳まで届いてしまわないか? そんな普通ではありえないことを心配している自分に驚いてしまう……。


『そんなことより悠里、早く課題を終わらせようよ!!』


 ぼうっとした頭で彼の課題のプリントに視線を落とす。続いている雑談に生返事で答えるが内容がまったく頭に入ってこない。


『……じゃあ、今回も居残り勉強につき合ってくれたからお礼をするよ。華鈴の言っていた約束を叶えてやるからさ』


『えっ、私との約束って何!?』


『華鈴。せっかく中学で定着して来たのにもう真面目な優等生のキャラへんかよ。不思議キャラは小学生で卒業したんじゃないのか? この間の本屋の帰りに僕と約束しただろ。明日お前の家に行くからさ』


 ……いまさら何の約束をしたか絶対に聞けない状況だ。ど、どうしよう、悠里が私の家に来るなんて五年以上経ってるし、ましてや今の私の部屋は華蓮かれんお姉ちゃんの結婚の件で特殊な状況になっているんだった!! とりあえず片付けの時間を稼がなければいけない、今はそれしか頭に浮かばなかった。


『……お、お昼前でもいい? 悠里に来てもらう時間』


 それだけ言うのが私には精一杯だった。



 *******




『……じゃあ華鈴、ゆっくり入れるぞ』


『う、うん、悠里、慎重に狙ってね。また外れちゃうといけないから』


『おっ!? ちゃんと穴に刺さった。今度はいい感じだから表から添えた手を離すなよ』


『わ、分かった、華鈴から先端は見えないからゆっくりね、あっ、赤い色は見えたよ。後は……』


 悠里と二人でずいぶん苦労したけどやっとことが出来そうだ。居残りの放課後ではあれほど恥ずかしかった自分に触れられると言う行為が今なら素直に受け入れられそうだ。


 中学生になってから彼と二人っきりで出来た初めての経験。狭い穴を通じてお互いの指先が触れ合った……。







『よしっ!! 全部通ったぞ、華鈴、出たコードを全部裏側の穴の色に合わせて繋げ』


『悠里、いう通りにしたよ、次はどうするの?』


『後はデッキ本体の電源を入れてみて画面がテレビにちゃんと映るかだ』


『……あっ、ちゃんと青い画面が映ったよ。悠里!!』


『はああっ……!! 本当に苦労したぜ。お前の部屋の家具って壁に据え付けだからこんなに手間が掛かるんだな。僕の部屋なんかテレビとデッキの配線なんてすぐ終わるのに……。思った以上に裏はぐちゃぐちゃな配線だったしな』


『悠里、本当にありがとう!! ウチの家族みんな機械オンチだから……。華蓮かれんお姉ちゃんがお嫁に行くからお下がりで貰ったビデオデッキの配線が出来なくて本当に困っていたんだよ』


『お前のビデオデッキって言い方も古いな。確かに以前の機種みたいだけどDVDも観れるし、おっ!? この隣にある長四角の差し込みの穴がビデオだろ。でもどうしてリビングにあるゲーム機でもDVDが見れるのにわざわざ部屋に置くんだ……』


『悠里、タオルを使って。顔や手を拭いて』


『おっ、サンキュー!!』


 訝しそうな顔からいつもの笑顔に戻り、悠里が額の汗を拭きながら部屋のソファーに身を沈めた。私も彼の隣にちょこんと座る、二人掛けで一杯の狭いソファー。これまで私が勝手に抱いていた距離感が消えていくのが感じられた。


『だって、小学生のころ一緒に観に行ったあの古い恋愛映画ラブストーリーはビデオしか出ていないから。それに私のお父さんから最近教えて貰ったんだ。悠里のお父さんとお母さんにとっても学生時代に観に行った想い出の映画だって聞いたら、なおさら二人っきりでもう一度観たくなったの。こんな大事なことをいままで内緒にしていてごめんね……』


『あの映画をお母さんも!? だから親父は僕の初デートの時に観に行くのを強く勧めてくれたのか……。華鈴、僕の知らない両親のことを聞けてとっても嬉しいよ、だけど僕はてっきり今日の約束はテレビの配線だけだと思っていたから何も用意してこなかったし、こんな普段着で来てしまったけど』


『そのままの悠里でいいの。私はあなたの……』


『えっ!? 華鈴、何て言ったの、聞こえないよ』


『ううん、別に何でもない……』


 悠里との恋はゆっくりとしか先に進めないかもしれないけど、私は普段のままの笑顔だけあれば他には何もいらないよ。


 ……だから華鈴の余計な言葉も言わないでおくの。


 だってこれから一緒に観る古い恋愛映画のタイトルは。


【つないでいたい手はあなただけ】


 私の今の気持ちと同じだから……。



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 ※この短編は下記連作の三作目になっております。



 それぞれ単話でもお読み頂けますが、あわせて読むと更に楽しめる内容です。


 こちらもぜひご一読ください!!


 ①【あなたの顔が嫌い、放課後の教室で君がくれた言葉】  

  https://kakuyomu.jp/works/16817330653919812881


 ②【私の大好きだった今は大嫌いなあの人の匂い……】  

   https://kakuyomu.jp/works/16817330653972693980


 ③【私の嫌いを見逃してくれたあの日から、つないでいたい手はあなただけ……】

   本作品


 ④【真夜中は短し恋せよ中二女子。あなたのやりかたで抱きしめてほしい……】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654178956474


 ⑤【好きな相手から必ず告白される恋のおまじないなんて私は絶対に信じたくない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654262358123


 ⑥【ななつ数えてから初恋を終わらせよう。あの夏の日、君がくれた返事を僕は忘れない……】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654436169221


 ⑦最終話【私の思い描く未来予想図には、あなたがいなくていいわけがない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654490896025

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