青い消防車

釣舟草

青い消防車

「うーん」


 幼稚園の参観日。お教室の後ろにズラリと貼られている絵を見て、みさこちゃんママは首を傾げます。


「これは、消防署の見学に行ったときの絵ですよね?」


 隣にいためいちゃんママに訊ねてみます。


「そうみたいですね」


 めいちゃんママは、ニコニコと娘の絵を満足げに眺めています。なるほど、めいちゃんの絵はなかなか上手です。真っ赤な消防車に、消防士さんが三人。四歳にしては観察眼が鋭く、手先も器用なのでしょう。


 後ろから、マコトくんママがそっと話しかけます。


「みさこちゃんの消防車……青ですね」


 消防車、と言われても分かりません。青い丸と線が、やたらにぐちゃぐちゃと描かれただけの〝絵〟です。この年少さんクラスで、消防車を青一色で描いたのは、みさこちゃん一人だけでした。


 みさこちゃんママはその日、図書館の児童書コーナーで、消防車の出てくる絵本を借りました。それをみさこちゃんと眺めながら、訊ねてみます。


「ねえ、みっちゃん。消防車は何色かな」

「あかー!」


「そうだね。この間みっちゃんは、幼稚園で消防署の見学に行ったでしょう。そのときの消防車の色は、何色だったかな」


 ママの問いかけに、みさこちゃんは少し考えてから答えます。


「うーん。赤色だったと思う」


 分かっているのね、と、ママはちょっとホッとします。


「お教室に貼ってある絵は、消防車を描いたの?」

「うん」

「どうして青色で描いたの?」

「お水が青かったから!」


 ママはまた首を傾げてから、そうかと納得します。


「消防車から出るお水が青かったってこと?」


 水は青くないけれど。


「うん! お空に向かってお水がピューって飛んだよ!」


 みさこちゃんの心に残ったのは、消防車そのものではなく、消防車を見に行った日の快晴の空色だったというわけです。


 ほかのお友達みたいに器用ではないけれど、愛おしい娘の世界が守られますようにと、ママは強く願うのでした。


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青い消防車 釣舟草 @TSURIFUNESO

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