雀と鳩とカラスと公園とアイスティーと鱧。

猿川西瓜

お題「ぐちゃぐちゃ」

 やけに雀が鳴いている。

 南公園で待ち合わせして、錦公園でキャッチボールする予定の僕は、波多野君を待って10分になる。

 僕は魔法瓶の水筒を開けて、お母さんの入れたアイスティーをコップに注いで一気飲みをした。めちゃくちゃ甘い。炎天下で飲むには最高の一杯。

 友達と公園ハシゴ。体力のある中学生の僕らは公園を何カ所ハシゴしようが、平気なのであった。

 それにしても、雀ってこんなに鳴くものだっただろうか。

 電線を見上げる。

 カラスが一匹止まっているだけだ。カラスに向かって、軟球を投げるふりをする。カラスは少し動いたが、飛び立とうとしない。雀は姿がないのに、数え切れないほどの鳴き声が聞こえて喧しい。

「気持ち悪いな……」

 グローブを叩いて、カラスを威嚇する。カラスがじっと僕を見ている気がした。子どもだと分かって舐めているのだ。公園で石を拾ってきて、投げてやろうと考えたが、この公園はやけに整備されているので、手頃な石はない。

 絶叫にも近い雀の声が、四方から響き続ける。明らかに変だ。僕はキョロキョロした。

 雀の声。朝にいつも、鳩の声と一緒に聞こえる。雀の声が、登校の音楽だ。だけど、今は昼の時間帯だし、こんな太陽が照りつける中、雀はそんなにも鳴くものだろうか。

 軟球をぽーんと軽く真上に投げる。カラスがびっくりして飛び立った。飛び移った先は10メートルほど向こうの電柱の上だ。

「ぜんぜん、びびらんな」

 軟球をキャッチすると、足元がぬるっとして、少し滑った。こけそうになったけれども、踏ん張って堪えた。

 目を向けると、赤いものと鳥の茶色い羽と白いものが潰されてまざっていた。


 小さく叫んだ。灰色のコンクリートに靴の裏をこすりつけて、踏んでしまったものを削り取ろうとした。

 歩く度に、少し足の裏に抵抗が残る。

 公園の土の上で、何度も靴の裏を砂で摩擦するように歩いて、ようやく違和感がなくなった。

 波多野君がやってきた。

「くっそ雀鳴いてるやん」

 波多野君の第一声だ。

 僕は結構へこんでいた。

 カラスが雀を食っていたんだ。見てもいないのに確信した。

「カラスって雀食うん?」

「え、知らん」

「食ってた」

「嘘やろ」

「嘘ちゃう。あそこに雀の死体ある」

「錦公園行こうぜ」

「うん」

 蝉の声がようやく聞こえてきた。雀の絶叫が遠ざかっていく。


 錦公園にあるオレンジのガードパイプの下に鳩の死体があった。

 白い虫みたいなものが散らばっていて、その散らばったものを時々同じ種類の鳩が啄んでいた。

「うわ、死んでる」

「いや、まじか」

「なんか食ってるし……」

 波多野君はいきなり唾を地面に三回吐いた。

「え、何してるん」

「死体見たら、三回唾吐くねん」

「汚いやん」

 そう言いながら、僕も唾を三回吐いた。


 錦公園で波多野君はずっとヤクルトの石井一久の投球フォームの真似をしていた。ヒザとヒジとアゴを同時にぶつけるフォームで、あまりにも石井一久が誇張されていて、腹を抱えて笑いながら、キャッチボールを続けた。それから遠投になって、錦公園のグラウンド内の、端から端まで立って、軟球を思いっきり投げあった。

 波多野君は強肩で、投げたボールがフェンスを越えていき、低木の中に入っていった。

 僕はフェンスを回り込んで、木々の間に入っていったボールを探した。

 白い軟球はすぐに見つかった。

 黒い土の上に、隠れるように転がっていた。

 手に取ろうとしたとき、薄暗い中に不自然に黒いものが目の端を横切った。一際闇の深い、奥まった枝葉の底にあった。切り取られたように艶やかな黒い羽の色だった。大きな塊だった。人の頭かと思った。

 カラスの目の部分は特に澄んでいた。ほんの一秒だけ見入った。無数のアリがカラスの羽全体に群がっていて、カラスの眼球にアリの影が反射していた。

 僕は息を止めた。空気を吸わないようにして、軟球を取って、走るように後ずさりをした。息を吸うと、自分もその死に巻きこまれるような気がした。

「どうしたんや」

 様子のおかしい僕に気が付いて、波多野君が話しかけた。

「いや、あそこの木の下で、カラスが死んでる」

 マジか、と、波多野君は引きつった顔をした。

 それからはなんとなくキャッチボールに身が入らなかった。このまま帰り道に、僕は死ぬんじゃないかとも思った。だけど、魔法瓶の水筒にある母の作ったアイスティーは相変わらずとても甘く、それを飲むと、気持ちが回復した。波多野君も飲みたそうにしたので、残りをぜんぶ飲ませた。


 家に帰ると、お母さんが鱧を料理していた。

「この魚屋は骨切るのうまいな」と、半裸の父親が鱧の刺身を、日本酒と共に、ちびりちびりと食べていた。

「あつい……」

 気分が悪かった。

 冷房のスイッチはオフのままだった。父親は、自然の風が身体にいいんや、冷房は身体に悪いんやといつも言う。

 僕は雀と鳩とカラスの死体を見たことを黙っていた。靴の裏にはまだ、雀の肉片が挟まっているかもしれなかった。


 父と同じ料理を僕も食べる。鱧の出汁でお吸い物がでた。

 お椀に、ネギが浮いている。透明なお汁。

 それをご飯にかけて、混ぜてかきこむように食べる。

 いつもよりすっぱい気がした。

 いや、めまいがするほどまずい。


 中学生であったという元気さと、母のアイスティーで気力を回復していなければ、食卓で盛大に吐いていただろうと思う。

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雀と鳩とカラスと公園とアイスティーと鱧。 猿川西瓜 @cube3d

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