固まれ!冷める前にスクランブル

奈名瀬

固まれ!冷める前にスクランブル

 手作り弁当は、もしかしてのでは?


 そう思い至ったのは、エプロンの紐を蝶々結びにした直後だった。


「いや、でも……」


 お弁当の材料にと買ってきた食材を眺めながら、しばし沈黙する。

 そして、脳内で能天気に咲いていた花が枯れ始めた頃――腰元に止まっていた蝶々もどこかへと消えてしまった。

 くしゃくしゃとまるめたエプロンを背もたれに引っ掛け、そのままイスへ座り込む。

 深いため息を吐いた後にまず思い浮かんだのは『買った食材をどうするか?』という問題だった。


「……ちょっと、お礼がしたいだけなんだけどなぁ」


 台所へ持ち込んでいたわんこのぬいぐるみに目線を送る。

 黒い丸々としたボタンには、彼の笑顔が映った気がした。


「……大丈夫? 重たくないかな?」


 続けて、口をついたのは直感的に閃いたわんこの考えだ。


「あーん? オカルト趣味全開の変なモノ貰うよりはお弁当の方が軽いんじゃね?」


 ……このいぬっころ、我ながら口が悪いな?

 なんて一人で遊んだ直後、再びエプロンを掴んだ。


「……よしっ」


 腰元に蝶々が舞い戻ってくる。

 その後、手に取った卵を一つ、ボールのフチへとぶつけた。

 殻から滑り落ちていく中身には息を吐く暇などない。

 かくはん機をボールへ突っ込みながら手首を回すと、卵は卵白も卵黄もわからなくなるくらいぐちゃぐちゃに混ざり始めた。


 うん、大丈夫……これで良い。


 混ぜ終わった卵に背を見せつつ、次はガスコンロと向かい合う。

 点火するなり、一斉に背伸びを始めた青い炎。

 その上で油をひいたフライパンを躍らせながら、『きっと、今はこれでいいんだ』と思った。


 まだ、彼に抱くこの想いがなんなのかははっきりしない。

 けれど……たぶん、それで大丈夫だ。

 だって、この胸の中にある想いも、いつか――、


 ぐちゃぐちゃになった卵がフライパンへ流し込まれた途端、ジュッと鳴く。


 ――この卵みたいに、きちんと固まる日は来る筈なのだから。

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固まれ!冷める前にスクランブル 奈名瀬 @nanase-tomoya

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