フォール・イン・ラヴ

姫路 りしゅう

私は勝った

 ここから落ちたら、さすがにぐちゃぐちゃになるね。

 大塚沙鳥おおつかさとりは100階建てのビルの屋上から地面を見下ろし、そう呟いた。


「それではルールを説明します」

 マイクを握った男が、沙鳥を含む100人の参加者に向かって呼びかける。

 この屋上は、ゲーム会場。

 命を対価として大金や栄誉を得ることのできる、デスゲームの会場である。


「参加者のみなさんはひとりずつ、奥のエレベータに乗って好きな階で降りてください。一度その階で降りたら、別の階へ移動することは禁止です。そして、ゲーム終了時点に一番高い階にいた人が勝利となり、賞金10億円を総取りすることができます」

 沙鳥はふむ、と小さく頷いた。

 さらにルール説明は続く。

「しかし、複数人がその階で降りた場合、その階にいた全員が敗北となります。例えば、100階で2人が降り、99階で1人が降りた場合、100階の2人が敗北し、その次に高い場所を選んだ99階の人間が勝利となります」

 ここまでは沙鳥の想定内のゲームだった。

 相手と被らず、それでいてできるだけ高い階で降りるゲーム。飲みゲーの一種である「タケノコニョッキ」と同じような質のゲームである。

 ただし、これがデスゲームであることと、会場が高層ビルであることが、不穏な想像を掻き立てる。


「基本的には勝者1人が賞金10億を総取りするゲームとなりますが、特殊な状況として、100人全員が同じ階で降りた場合、勝者も敗者もなしということで、賞金を山分けしていただきます。それでも十分高額ですね。みんなで協力してこれを目指すのもいいのではないでしょうか」

 その提案は参加者の全員が鼻で笑った。

 ここには、もう後がない多重債務者か、ただゲームを楽しみにきた狂人の二種類しかいない。そしてそのどちらも、おててを繋いでみんなでゴールを目指すとは思えなかった。


 さて、このゲームで重要なポイントはルールでも賞金額でもない。

 敗者に与えられるペナルティだ。

 沙鳥には半ば予想がついていたが。


「このゲームは勝者が確定した瞬間にゲーム終了となります。よって、勝者よりも低い階層にいた人は、ノーペナルティでゲームを終えることとなります。しかし、勝者よりも高い階層にいた人には、もちろん罰ゲームがあります」

 ごくり、と生唾を呑む音が聞こえる。

 説明員は一瞬だけ間をおいて――


「その階から、飛び降りて頂きます」


 誰かの息を呑む音が聞こえた。


 100階に2人がいたら、2人が飛び降り、100階からは人間が消える。

 99階にも2人いたら、それも消える。

 消える。消える。飛び降りて消える。ぐちゃぐちゃになって消える。

 そして、ある階に1人の人間だけがいた場合、その人が勝者となり、賞金が発生するということらしい。


 沙鳥は小さく笑って――――――


**


「で、さっちゃんは結局何階を選んだの? 君の話が作り話じゃないなら、こうして今生きている以上勝利したか、勝者より低い階層にいたかだよね」

「そうだねー。すずくんなら何階を選ぶ?」

「うーん、僕は小心者だからな。よっぽどお金に困窮していない限り、おそらく死なない中で一番高い、6階くらいを選ぶよ」

 それを聞いて沙鳥は、そういうところが安心するなあ、と思った。

 大好き。

「で、さっちゃんは?」

「んー、私はね、100階を選んだよ」

 そう言うと鈴也は頭を掻きながら、「まあ、さっちゃんならそうするかなと思ってた」と答えた。


「で、他の人が全員臆病者だったから、100階を選んだ人が他に誰もいなくて、さっちゃんが勝利したわけだ」

「そんな感じー」

 沙鳥は座った姿勢の鈴也の胸に飛び込んで、腰に手を回して密着する。

「ぎゅー」

 鈴也はそんな沙鳥の頭を撫でながら、「さっちゃん」と沙鳥を呼びかける。


「なにかな」

「そのゲームの肝は、ってことだと思うんだ。全員が階を選んだ瞬間じゃなくて、勝者が確定した瞬間にゲームが終わる」

「……」

「そして、ゲームの勝利条件は、で、その階に1人きりであるということ」

 沙鳥は興味深そうに鈴也の話を聞く。

「普通の人はこのゲームを、他の人と被らないように階を選ぶだけのものだと思う。だからエレベータを降りる瞬間は、神に祈っていたり、賞金で頭がいっぱいだったりするだろう。つまりそれって、とっても無防備な瞬間だと思うんだ」

「……ふうん、それで?」


「100階にいた人間はさっちゃんだけだったかもしれない。でも、のかな?」


 舞台はマンション。

 そこには必ず、消火器という鈍器が設置されている。

 もし、エレベータを降りた瞬間に攻撃をされたら。

 たとえそれが女性の力だったとしても、避けることは不可能だろう。


 そして人間じゃなくなったそれは、人数としてはカウントされない。


「ね。どうなの? さっちゃん」

「……ふふ、だったら?」

 その問いかけに、鈴也は笑って答える。


「大好き」

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