拝啓 時を越え 生きる者へ

レンズマン

陣旋風の輪舞

 戦いに明け暮れた人生だった。


「進めーーーっ!!」

 高く掲げた槍が、日の光を受けて煌く。俺が発した鬨の声は仲間たちの雄たけびに溶けて消え、波のように広がって、伝わっていく。

 100を超える同胞たちが、一斉に敵に向かって突撃を開始した。俺も負けじと愛馬を駆る。その先に待つのは、500以上、恐らく1000に近い蛮族の軍だった。

 昂る心が脳を熱くする。冷静さを取り戻すため、俺は作戦を思い出す。


 昨日の軍議が思い浮かぶ。

 斥候の報告によれば、数の差は歴然。少しでも長く敵を引き付け、民間人を逃がす作戦が当初のモノであったが、俺は敵陣にあえて突撃し、大将首を取ることで指揮能力を奪う作戦を提案した。

「そんなことが可能なのか?」

「ああ。俺を信じろ!」

 仲間たちはお互いを見やったが、やがて苦笑して頷いた。

「勝つぞ! この戦いを生き抜いて、俺たちは家族を守るのだ!」

 俺の檄に皆がそれぞれ声を上げる。それに、胸が熱くなって、思わず涙ぐむ。

 戦いはまだ始まってすらいない。気を引き締めなおし、涙を拭う。そんな俺を見て、仲間たちは笑っていた。

 だが、俺はどうしても嬉しかった。俺を支えてくれる、大切な仲間が。

 俺は、独りではない。


 敵は明らかに動揺していた。なんせ、目的に向かって進軍している途中、突然森から集団が現れたのだ。縦に伸びた陣は横っ腹を矢のような突撃に貫かれ、部隊は先頭と残りの本隊に分断された。

『狼狽えるな、囲んで』

「アイツを狙えッ」

 大柄な蛮族が周囲の仲間に呼びかけているのを見て傍らの射手に怒鳴る。

 エルフの女性の射手は、短い返事と共に大きな弓を構えると、馬にまたがったまま正確な狙撃を行う。

 矢は吸い込まれるように敵の喉を穿つ。そのまま、白目を剥いて倒れた。

 指揮官に指示を貰えなかった部下の蛮族達は我先にこちらへと駆け出し、しかしお互いに身体を押し合い、もみくちゃになっていた。

 人族以上に種族がまばらな蛮族たちは協調性に欠ける。奇襲を受け、上位蛮族による統率がなければ、最悪は同士討ちすら始めるほどの混乱を起こす。これが狙いだった。

 しかし、今の指揮官は大将ではないだろう。詳しく識別する余裕はなかったが、これほどの軍を率いる蛮族など、ある程度絞られる。

 周囲を見渡す。奇襲による動揺から立ち直りつつある本隊が、すでにこちらの突撃を止めつつある。時間がない。

 視界の中に巨人を捉えた。すでにその存在には気付いていたが、そろそろ接敵の圏内だ。

「見つけた!」

 手綱を引き、馬の進路を変えさせる。強引な操舵に愛馬は大きな鳴き声を上げ、身体を大きくうならせる。愛馬には悪いが、それに構ってやる余裕はなかった。両足にしっかりと力をこめ、手綱を力強く握り、馬から振り落とされないように踏ん張る。

 馬の鳴き声を聞いて、側近の射手が俺を見た。

「大将を見つけた! 援護しろ!」

「ハッ!」

 俺が駆け出すのと、射手が弓を引いたのは殆んど同時だった。

 巨人は自らに単騎突撃をしかける俺に気が付いて岩ほどある拳を振り降ろす。風を切り、接近するほど増す威圧感、殺気に惑わされず、俺は真っすぐ馬を走らせる。視線の先には、ずっと目標を捉え続ける。

 俺と愛馬に拳が叩きつけられそうになった、その直前!

 握られた巨人の拳はその力を解き、俺から遠ざかっていく。俺の頭上で、巨人は目を射られて仰向けに倒れた。

 当然の事に反応している余裕はない。遂に俺が接敵しようとした頃になって、目標はようやく剣を抜いた。

「たあああっ!」

 左手に大盾を構え、右のスピアを真っすぐ突き出して、騎乗突撃(チャージ)を繰り出す。敵は、遠目に見てもわかる、邪気を孕んだ魔剣を高く掲げて真っ向から受けて立った。

 ザシュッ!

 すれ違いざまに、突きと斬撃が交錯した。衝撃で勝ったのは俺。吹き飛ばされた敵は、地面を転がるが、直ぐに起き上がった。俺は、深く息を吸って吐くと、唐突に右腕が痛みを主張した。

「むっ」

 思わず苦悶の声が漏れた。見れば、右腕の防具が切り落とされ、傷が皮膚に達している。滲んだ血が腕を赤く染めた。

「侮ったよ、人間の騎士」

 視線を返せば、目標とした敵は起き上がっていた。わざわざ人族の交易共通語で語り掛けてくる。

「頭部の二本の角に、魔剣。貴様はドレイク、この軍の将だな」

「いかにも」

 自信たっぷりに言い放つ。

 その間も俺は周囲の様子に気を配る。一撃で倒せなかった以上、この場を離脱する訳にはいかない。動きを止めたところを他の敵に囲まれて、袋叩きにされるのを警戒する。

 周囲の敵は、油断なく武器を構えて俺を取り囲む。しかし、襲い掛かってくる様子はなかった。

「見事な奇襲、それにその落ち着き。貴様こそ、人間どもの将と見受ける」

「生憎、俺は将ではない。たまたま鬨の声を上げる役を担っただけの騎士だ」

 俺の言葉に嘘はない。

 俺たちは仲間を、家族を守るために集まった寄せ集めの連合軍だった。その所属も、元騎士、冒険者、用心棒、果ては野党まで様々。

 俺が仕えた国はとうに滅び、それでも人々を守るために戦い続け、出会った人々を巻き込んで戦い続けた。発端が俺だっただけで、将を名乗った事は一度たりとも無かった。

「――隊長!」

 遠くで仲間が俺を呼んでいる。騎士団時代から直属の部下だった彼女は、未だに俺の事を隊長と呼び、こんなところまでついてきてくれた果報者だった。

「俺一人に気を取られるな! 仲間と共に戦線を維持しろ!」

 戦場の怒気に負けじと怒鳴る様に叱咤する。部下が頷いたのを視界の端で見届けた。

「もういいか?」

「ああ。待たせたな」

 ドレイクは楽しみを待ちきれず、その期待が笑みとなって表れている。

 周囲の蛮族が俺を襲わないので、奴の望みは薄々わかっていた。ため息交じりに目を細め、馬上で敵を見下す。

「一軍の将ともあろうものが信じられん。戦いに己が趣味を持ち込むなど……」

「だが、望むところだろう」

 こちらの立場を理解している敵は、挑発的に笑う。

 奴の言う通り、これはまたとない機会だった。周囲に邪魔されず、大将を討つには絶好の。

 ……即ち、“一騎打ち”!!

「人間よ、せめて名乗ろう。我が名はデミリオ・ドット・ゼルベルム! 地上を支配し、我が世を創る者!」

 魔剣を振るい、剣先を俺に向け名乗り上げる。周囲の蛮族が何事か騒ぎ立てる。称賛の言葉でも送っているのだろうが、生憎蛮族どもの言葉を知らぬ俺には、雑音でしかなかった。

「さあ、お前の番だ。人間」

 早くしろ、と言外で付け加えられているのを感じる。

 俺は深く息をして、遠い過去に捨てた人間の身体と、大切な人たちとの思い出を再び胸に宿す。

「最初に言っておく。俺は人間でない!」

「ほう?」

「俺はティエンス! 守るために生き、戦いに死ぬことを選んだ者! この身体は人間に在らず、されど、なればこその誇りなり!」

 その時、一陣の風が吹く。力強い風は陣旋風を巻き起こし、蛮族どもの雑音を悲鳴と共に黙らせ、俺の声を、遠く離れた仲間たちに届けていく!

 士気を挫かれた敵の中でただ一人、大将であるドレイクだけは、不敵な笑みを深くしている。

「我が盾、我が槍、我が愛馬に誓わん! 我こそは人族を守り、戦場を駆け、勝利を持って終結に導く者! 敵よ、貴様の最後の敵として立ちふさがる我が戦いを、魂の輪廻への手土産とするがいい! 我が名は――」


 やがて駆けだした二人が、雌雄を決する頃。

 生き残った俺は、一人、戦場に取り残されていた。


 ――戦いに明け暮れた人生だった。



 ★★★★★


「――かくして、運命的な出会いを果たした我が愛馬、ウォーマッゼはワシと共に数多の戦場を駆け抜け、その数62の大舞台を生き抜いた唯一無二の戦友となったのじゃい!」

 上機嫌に語る爺ジジイの戯言を、妙齢の女性ババアは煙草を吹かして聞き流す。顔面に浴びたジジイは肺に入った煙を吐き出そうと盛大に咽、涙ながらに抗議した。

「ノーラ殿! ちゃーんと聞かんかい!」

「クラエ、アンタね。自分を邪険にしないラダリンやエルサリアが居ないからって、私に絡むんじゃないよ」

 そう言って目を閉じ、閉じて煙を吐く。再び煙草に火をつけるが、その間一瞥もよこさない。クラエはがっくりと肩を落とした。

「寂しいのかい?」

「寂しいんじゃい」

「馬鹿だね、年寄りのくせに若者に甘えるんじゃないよ。しゃんとしな」

「た、確かに」

 叱咤を受けて背筋を伸ばす。

「退屈にかまけ、昔話に興じ、あげく弱気になるなど笑止千万! ワシは生涯現役、こんなときこそ鍛練じゃい! くぞ、ドッシー!」

 相棒のドンダウレスのドッシーに一方的に声をかけ、背を付いてくるのも確認せずにずんずんと大股を開いて外に歩いていく。 

 ふん。ドッシーは溜め息をつくと、飼い主クラエが残していった食事に気が付く。ローストチキンが大皿の上に残されている。それを、じっ……と見つめた。

 ぺろん! 舌を伸ばしてそれを巻き上げると、口いっぱいに頬張る。そのまま、クラエの後を追いかけた。……それから間もなく、二人が争う喧騒が外から聞こえるのは、言うまでもない。

「ふう」

 クラエ、ドッシーと入れ替わりでテーブルに着いたのは、リルドラケンのソールだ。解決した依頼の報告と清算を終えた彼は、着席するなり息を吐いた。一仕事を追え、安堵している。

 彼が運んできたのは、白いクリームのかかったパスタだ。きのこが具として混ざっているほかに、コショウで味を調節している。出来立てを示す湯気が上がっていくとともに、広がる香りがソールの食欲を刺激した。

「お疲れさん。毎度助かるよ」

 スプーンとフォークでパスタを巻き上げるソールを見ながら、ノーラが言った。

「もぐ、もぐ……。ん、気にしないでください。細々としたこと、結構向いてると思ってるので。ウチのパーティ、お金の管理得意そうな人、少ないし」

「それもそうだね」

「しかし、クラエさん。最近、前にもまして調子がいいですね」

 調子がいい、とは随分優しい表現だ。ノーラは思わず笑ってしまった。

「まったくだ。聞かされるこっちの身にもなれってんだよ」

「やっぱり、昔のことを思い出したんでしょうか」

 ソールの言葉に、ノーラはしばし口をつぐむ。

 少し前の冒険を思い出す。クラエは、以来の関係でたまたま立ち寄った遺跡で、エルサリアの小魔法により当時の記憶を呼び戻した。

『そうじゃ。このシェルターで、ワシは家族と別れ、ティエンスになる決意をした。そうか、ワシは、ここから始まったのか』

 クラエは3000年前に眠りにつき、つい数年前起こされたティエンスだ。目が覚めた時、自分が何者か、名前すらわからなかった。現在名乗っている「クラエ・オンドリャー」という正気を疑う名前ですら、恐らく本名ではない。

「どうかね」

 彼が具体的に何を思い出したのか。ノーラも、他の仲間たちも聞いていない。というか、どこからどこまでが妄言なのか、判別がつかないのだ。それに、聞かずとも勝手にしゃべり倒すやかましい老人に、いい加減辟易しているのもノーラにとっては本音だ。

 とはいえ。

「気持ちはわからんでもないが」

 大きな身体を丸めてパスタを食べていたソールが、意外そうに顔を上げる。ノーラはそれを気にせず、煙草を吹かしている。

「昔を懐かしむこと、ですか?」

 ノーラは首を横に振った。

「今の自分を支えてくれる仲間が、嬉しいんだろう」

 食器が擦れる音が止まった。ふと、ソールを見ると、目をぱちくりしてフォークを止めている。

「馬鹿、真に受けるんじゃないよ」

「あ、ああ。……ふふ」

「言うんじゃなかった。ったく……」

 不機嫌になった風を装って、ノーラは席を立つ。ソールとしても、無理に引き留める理由もないので、その背中を見送る。彼女は、ソールに気付かれないように、その口元が微笑んでいた。

「爺さん、ただいま」

 声のする方を見る。返事をするクラエの大きな声によれば、エルサリアとラダリンが魔法学園から帰還したらしい。想定よりも早い再会に、爺さんは実の孫を迎えるように喜んだ。

 ふと、クラエの過去に思いを馳せる。彼は、3000年前。どんな人生を送っていたのだろう。どんな人生を送っていたとしても。3000年の時を経てしまった以上、二度と、家族とは……。

「ただいま、ソール」

 声をかけられて我に返る。目の前にいるのは、若いメリアの少女。エルサリアだった。

「おかえり。早かったね」

「試験だけだったから」

「ラダリンは?」

 エルサリアが外に視線を向ける。窓から見える外では、赤い美しい頭髪をなびかせながら、剣を舞うように振るうリカントの少女ラダリンが、同じく剣を構えるクラエと早速打ち合いを始めていた。

「楽しそうだね、二人とも」

「ああ。嬉しいんだとさ」

 エルサリアが首をかしげる。ソールは微笑みを返して、付け加えた。

「今の自分を支えてくれる、仲間のことが」


 ★★★★★★


 拝啓 時を越え 生きる者へ


 貴方は心強く 戦いに生きるでしょう

 貴方はきっと 多くの人を守るでしょう

 貴方の両手が 血に濡れても

 貴方はきっと 戦いを辞めないでしょう


 貴方がいつか 眠りにつく時

 せめて痛みを 忘れるように

 貴方がいつか 目覚めた時に

 今度は自分を 守れるように


 くわいえっと ろんど


 静かな歌が  貴方を守る

 静かに眠って 夢と踊る

 幸せな時間を 過ごせるように

 貴方を愛した 私より


「拝啓 時を越え 生きる者へ」……完 

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