出来るだけ凄惨な死体が良いでしょう?

ポテトギア

出来るだけ凄惨な死体が良いでしょう?

 人間を殺すのは簡単だ。

 太い血管がひとつ切れただけでも死ぬ。臓器がどこかおかしくなるだけで死ぬ。世界のどこかで誰かが意図的に設計したインテリジェント・デザインなんて理論が囁かれるくらいには、この宇宙に立つ人間という生き物は奇跡の上に成り立っているような構造をしているのだ。


 故に、壊すのはあまりに容易い。そっと息を吹きかけただけで、醜い砂の城は再起不能なまでに崩れる。こんなにも破壊しやすく作ってくれたなんて、きっと人類を設計した何者かは、私たち殺し屋の味方なのだろう。


 だが、だからと言って、どんなやり方で殺してもいいという訳じゃない。特に私にとって、ただ殺すだけじゃ駄目なのだ。殺害する標的を見ると、つい出来るだけいたぶって殺してやりたい衝動に駆られる。


 爪を剥ぎ、指を落とし、耳を千切り、四肢を砕き、目を抉り、喉を裂き、胴体をすり潰し、気が済むまで斬り刻む。メチャクチャに、ズタズタに、グチャグチャに。とにかく出来るだけ凄惨な死を遂げて欲しいのだ。


 別に全人類を恨んでいるとかそういうのでは無い。私を拾ってくれた組織の人には感謝してるし、私に稽古を付けてくれる先輩の事も大好きだ。むしろ、人類の大半はどうでもよく、ほんの一握りを愛し、さらにほんの一握りを憎んでいるだけ。世の人間に対しては、他の人と何も変わらない評価をしている自負がある。


 私が標的ターゲットをいたぶって殺したいのは、もっと個人的な理由だ。

 いつでもどこでも、「今から目の前の人間を殺す」と考えたその時には、標的にあの男の面影が重なるのだ。私の家族の命を奪った憎い男。私がこの手でぐちゃぐちゃにした男。もうこの世にはいない、奴の顔が。


 そうなったら、もう自分でも止められない。家族の仇と重なった人間を、誰かに止められるまでひたすらに解体するのだ。

 その標的がどんな声で悲鳴をあげようとも、私の耳にはただ一人の声しか入って来ない。何度も何度も何度も思い出している、奴の死に際。涙と鼻水で汚れた顔と情けない悲鳴を脳内で反芻しながら、私にとってどうでもいい人間をぐちゃぐちゃに処理していく。徹底的に、ただひたすらに、壊し続ける―――


「ストップです。裂切さきりさん」


 ふと、私の耳に先輩の声が滑りこんで来た。同時に得物を持って振りかぶった右手を掴まれ、ようやく我に返った。


 私が今まで刻んでいた人間は、家族の仇でも奴と重ねた標的でも無く、訓練用に調達された死刑囚の男性。そしてここは標的の根城とかでは無く、組織の地下訓練場だった。


「サンドバッグもタダじゃないんですから、壊し過ぎるのは止めてください」

「はっ……!私ったらつい」


 そして、数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいには再上映された仇の惨殺ショーに没頭していた私を静止させたのは、同い年の女子高校生であり、日本最強の殺し屋でもある美菜央みなお彩芽あやめ先輩。

 先輩は私が武器を下ろしたのを見ると、腰に手を当ててため息をついた。


「今回はあなたが苦手な『一撃必殺』の訓練をしているのですよ?なのにいつも通り分解してどうするんですか」

「す、すみません……!人を殺すってなると、どうしてもぐちゃぐちゃにしたくなっちゃって……」


 私は高校二年生として平均的な身長だ。彩芽先輩は、そんな私よりも少し小柄。正面に立って話をする時は、いつも僅かに見下ろす形になる。だが今は、謝罪の意を示すために深く頭を下げているので、その姿勢のまま顔を上げると、いつもは下にある先輩の顔が少し上に来ていた。下から見上げる先輩の顔も素敵だ。


「練習台、まだありますかね……?次はちゃんとやります!」

「残念ながらもう無いです。しばらくは木偶人形で練習してくださいです」

「そんなぁ。生きてないとちゃんとした殺しの練習にならないじゃないですか……」

「あなたの場合だと、むしろ生きた人間相手だと今のように暴走するじゃないですか。静かな殺し方を座学でみっちり勉強する良い機会です」


 先輩はやれやれと肩をすくめる。ごもっともな意見にぐうの音も出ない。返り血で真っ赤になった顔を袖でごしごし拭いていると、見かねた先輩が濡れタオルを渡してくれた。


「効率よく『非効率な惨殺死体』を生産するあなたの特技を潰せとは言いません。出来る限りの苦痛を与えて殺してくれと言うクライアントもいますし、そういう方面では、組織はあなたの才能を評価してるみたいですし」

「えへへへ。大天才だなんて、そんな大袈裟ですって~」

「誰もそこまで言ってないですよ」


 鉄臭い匂いを漂わせながらにやける私に、先輩はポーカーフェイスのまま目を細める。


「ですが、やっぱり殺し屋として、基本的な殺し方は一通りマスターするべきなのも事実です。明日こそきちんと練習するですよ」

「はぁーい」

「そのためにはまず、標的を皆ぐちゃぐちゃに殺さないよう自分を律する所から始めるべきですね」

「そうしたいのはやまやまなんですけどねー……どうしてもこう、血が騒ぐと言いますか、我を忘れると言いますか」


 憎しみを持った殺意を人に向けたのは、家族を殺したあの男にだけ。それ以外の標的は全部、仕事としての殺意だ。しかし仕事としての殺意を人に抱いた次の瞬間には、まるで殺意に体が反応するかのように、あの男を惨殺した日の記憶がよみがえり、目の前の景色に重なるのだ。一種の病気なのかもしれない。


「私の意思で殺意をコントロールできないんですよねぇ。あ、今の厨二病っぽいかも?あははは」


 一人で勝手に笑う私をよそに、先輩は私の顔をじっと見ていた。もしかして引かれてる……?いつも無表情だから顔を見ただけで感情が読み取れない。殺し屋として完成され過ぎている先輩も素敵だ。


「裂切さん。私は教育係として、あなたの『初めての殺人』の事は知っています。あなたが行う惨殺が、全て彼にした事の繰り返しである事も」

「ええ、私の口からも話しましたからね。先輩には口座番号以外なら何でも教えて差し上げますよ!あ、でも、ゆくゆくは口座番号でもスマホのパスワードでも全てをさらけ出せる関係になりたいなーなんて。えへへへへへ」

「真面目な話をしているんですよ」

「ハイ」


 正面から刃物のような鋭い威圧感を感じ、速攻で笑いを引っ込めた。聞く姿勢が整ったと察したのか、威圧感が消えた。次いで投げかけられたのは、疑問の視線だった。


「あなたは何故、自らの手で殺した人間を殺し続けているのですか?」

「何故、と来ましたか」

「『死んだ人を想い続ければ、記憶の中でその人は生き続ける』なんてロマンチックな妄言がありますけど、これは今のあなたに当てはまる言葉です。憎しみを持って跡形もなく引き裂いた相手を心の中で飼い続けていたら、憎いはずの人間を、自分で生かしているようなものですよ。それって、とても矛盾してると思うんです」

「なるほど……でも、答えは簡単ですよ?あの男が私の家族を殺したからです」


 真顔のまま疑問を浮かべる先輩へ、胸を張って力説する。


「私は八十億の命が等価ではない事を知ってますし、尊い命とそうでない命があるという事も知ってます。私の家族の命は私にとって最上の物でした。そして逆に、一番大きく尊い命を奪ったあの男は、もちろんぶっ殺されてしかるべき最底辺の命です。それも、たった一度の死じゃ生ぬるいほどに」


 家族を愛するのは当たり前の事だ。人の日常を奪った仇を憎むのも当たり前の事だ。一度殺しただけじゃ気が済まないほどに恨むのも、当たり前のはずだ。


「あの男には死んでもなお死んでもらわなければ、奴の罪と釣り合いません。釣り合っていいはずが無いんです」

「つまり、家族の仇に罪を償わせるために殺し続けてる、って事です?」

「……いや、ごめんなさい。それもたぶん建前ですね」


 私は首を振った。今言った事は、きっと人に説明する時用の表面上の理由だ。自分でコントロールできない感情の理由なんて、こんなスラスラ出て来るはずがないんだから。


「本当は奴への罰なんてどうでもいいんです。ただ私が満足したいだけ。一思いに殺すのではなく、枯れるまで響き渡る悲鳴を聞きながらあの男の悲鳴を思い出し、人間がただの肉片となり果てるのを眺めながらぐちゃぐちゃになったあの男の死骸を思い出す。その間だけ、私はあの男への憎しみが愛情へと変わるんです」

「愛、です……?」


 さすがの先輩でも表情を隠し切れなかったのだろうか。訝し気に眉をひそめながらドン引きしている事が明らかだった。


「やだなあ、比喩表現ですって。奴の事は憎いままですよ?私の魂を百回ろ過した所で分離できないほどに、心の底から憎んでます。ですが……なんて言うんでしょうか。心が満たされるんですよ」

「……」

「殺し屋として殺める標的の怯えた視線も、耳をつんざく悲鳴も、嗚咽混じりの命乞いも、全てが私のフィルターを通してあの男の物へと変換されるんです。すると、何故だかとても満足します。だから私は、脳内であの男をひたすらに殺します。自分が気持ちよくなるためにとにかく残酷に、一心不乱に力の限り惨たらしく殺します」

「自己満足のため、という事ですか。何だかいろいろ聞いてぐちゃぐちゃになりそうです」

「あー、すみません、分かりにくかったですよね……自分の考えを人に話すなんて経験が薄いものでして」


 途中から自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。申し訳なさと恥ずかしさを苦笑で誤魔化す。そんな私へ向けて、先輩は被りを振った。


「いえ、それなりに理解は出来ましたよ。後輩が何を思って人を殺しているのかが知れて満足です」

「彩芽先輩……!!」


 つい嬉しくなって抱き着こうとしたが、先輩は素早く躱した。私如きの動きなどノーモーションで回避可能らしい。照れ屋さんな先輩も素敵だ。


「つまりは、演劇みたいなものでしょうか」

「演劇……?」


 私から距離を置きながら、先輩はそう呟いた。


「あなたの殺しですよ。あなたの『最初で最大の殺し』を再び味わうための演劇。好きなシーンだけを繰り返し見るために、自分で舞台装置を用意し、脳内でフィルムを回すんです。理解するには何かに例えた方がいかと思いまして」

「なるほど……言われてみれば、すごくしっくり来ました!さすが先輩!」


 私は嬉しさのあまり、右手に持ったままだった得物を自分が刻んだ死体めがけて放り捨てる。上手く頭部に刺さったのを見て、思わず頬が緩んだ。


「舞台装置は完璧であるほど良い。ならば、忘れられない凄惨な死を再現するには、出来るだけ凄惨な死体が良いでしょう?」

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