ニッター×リッパー×ベイカー

いいの すけこ

殺傷力高め女子の場合

 空気を切り裂く音がした。

 同時に全身に浴びたのは、刺すような殺意。形のない殺しの意思は、凶器とともに男へと向かってきた。

 狭い路地裏に飛び交う死の気配。

 四方八方から飛んでくる凶器を、男は手持ちのナイフで全て

「まあ……」

 現れたのは、男に凶器を向けてきた殺意の主。黒のスーツに身を包んだ、女だった。

「私の『糸』でぐちゃぐちゃにならなかった人は、初めて」

 男に無効化された凶器を、女は素早く回収した。しゅるしゅると音を立てて、それは巻き取られる。

 黒革の手袋を嵌めた両手に、巻き付けられた糸。鈍く光るそれが、どんな素材で出来ているかは知らないが。

「悪趣味な獲物を使う」

 女の糸にかかった者が、ばらばらの肉塊に成り果てた光景を、男は幾度も目にしてる。

「殺し屋に綺麗な趣味なんて求められましても、掃除屋さん」

 殺し屋に掃除屋。

 どちらも似たようなものだが、男の仕事はもっと慎重で、静かだ。汚れ仕事でありながら、染み1つ残さないことを信条としている。裏社会の厄介を、痕跡ひとつ残さず消し去る――故に掃除屋なのだ。

「目立たれちゃ面倒なんだよ」

「私が切り刻んだ獲物、いつも掃除してくれてますよね」

「なんで俺が敵対勢力のやらかした殺しまで、片付けなきゃならんのだ!」

 それはひとえに目立つからである。

 誰のやらかしであろうと、表沙汰になったら困る犠牲者や事件ばかりだから。

「ごめんなさい、お仕事下手くそで」

 殺し屋は弧を描くような軌道で、糸を振るった。ナイフを構えるより先に体が動いて、掃除屋は右方向に飛び退る。直後、自分の真後ろに設置されていた室外機が真っ二つになった。

「あら、首を狙ったのに」

 そいつはぞっとしない。あと一拍反応が遅れていたら、掃除屋の頭と体は泣き別れになっていただろう。

「……お強いのね」

 殺し屋はまるでキスでもするように。

「あなたの首は、私のものよ」

 ぴんと張った糸を、ルージュを引いた唇で食んだ。



 ***



 どこからか甘い匂いが漂う、穏やかな昼下がり。

 殺し屋は隠れ家で、のんびりとした休日を過ごすつもりだった。

 だというのに、もつれた糸を必死でほどく羽目に陥っていた。思っていた以上に根気のいる作業。一体何をどうしたら、糸同士がこんなにこんがらがって、取り返しのつかないことになるのか。

「もう無理、編み物大失敗!」

 叫んで、殺し屋はテーブルに突っ伏した。絡み合って再起不能になった毛糸の傍らに、木製の編み棒が転がっている。

「アンタって子は殺しも雑だけど、編み物も下手くそだねえ」

 殺し屋の正面に座った婦人が、呆れたように言った。

「雑だけど、切り刻むのは得意だもの。糸は私の体の一部ってくらい、馴染んでるのに」

「毛糸は例外だったみたいだね。こんなにぐちゃぐちゃにしちまって」

 婦人は絡んだ毛糸をつまみ上げる。ネイルを施した指先が美しい。

「編み物なんて、珍しいことしちゃって」

「……好きな人ができたって言ったら、ボスは驚く?」

 ボスと呼ばれた婦人は、顔色一つ変えずに返した。

「掃除屋のボウヤかい?」

 弾けるように、殺し屋はテーブルから顔を上げる。机をぶっ叩きながら、破壊する勢いで。

「なっ、なななんで、わかっ」

「アンタ、わかりやすすぎるんだもの」

「だってだって、掃除屋の彼、すっごいカッコよかったの……。私は荒っぽい仕事しか出来ないけど、彼はスマートにこなしていて。なにより私の糸を受けても、原型をとどめていた人なんて初めて……」

 その顔はうっとりと、夢見るようで。頬を蒸気させながら、殺し屋は言った。

「頑張ってマフラー編んで、首に巻いてあげたいの。あの人の首は、私のものなんだから」

「アンタが言うと、別の意味に聞こえるよ」

「あの時、首を落としてしまわなくて本当に良かった」

 はあ、と悩ましげな息をつく殺し屋。

「殺しより、編み物ができる子になりたかった……」

「すっかり不抜けちまって」

「彼氏のためにせっせとケーキ焼いてるボスに、言われたくないんだけど」

「嫌だねまだ彼氏じゃないよ!」

 ボスの顔に血がのぼったと同時に、ぼすん! と爆発音が響き渡る。

「ああオーブン! すっかり忘れちまってた!」

 ボスは漂ってきた煙を追いかけるように、部屋を出ていく。キッチンから派手な音がしたと思ったら、ボスはオーブンの天板を抱えて戻ってきた。

「キッチンが半壊しちまったよ……」

「さすがメインウェポンが火炎放射器の女」

 悲しげな吐息をもらして、ボスは殺し屋の前に天板を置く。

「こんな出来損ないケーキ、あの人に食べさせられやしない。恋バナでもしながら、一緒に片付けようじゃないの」

「この、私が切り刻んだ連中みたいな、ぐっちゃぐちゃのブツを?」

「アンタの編んだ、マフラーのなり損ないよりは幾分かマシだよ」

 殺し屋は痛ましい犠牲者元ケーキをつつく。

 彼にマフラーを渡せるその日までは、色んな意味で生きていられますようにと祈りながら。







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