中庭のグチャ先輩

雲母あお

風のいたずら

いつも先輩は、ぐちゃぐちゃの髪型。

耳が隠れるくらいの長さで、顔は髪の毛で半分隠れている。目元は見えない。

マスクをすると、半分マスク、半分髪の毛という構成で、先輩の顔はちっとも分からない。


近づいても臭わないし、ぐちゃぐちゃの割に、キューティクルが光る部分も持ち合わせているので、きちんと洗ってはいるのだろう。


そんな先輩のあだ名は、グチャ。

出会ってしばらくして、先輩から教えてもらった。周りの人にはそう呼ばれているらしい。

そのままじゃないか!とツッコミたくなるが、あだ名とは、そんなものだろう。



グチャ先輩と出会ったのは、私の大学の入学式の日。

その日は、朝から強風が吹いていた。

桜が満開で、まさに桜吹雪の中、入学式が行われた。

私は、式が終わると、大学の中庭に足を踏み入れていた。風が強いせいか、中庭には誰もいない。少し肌寒い。でも、桜がこんなに舞うところを見る機会なんてあまりないから、歩いて見たくなったのだ。


「これ、落としたよ。」

その時、風で飛ばされた私のハンカチを拾ってくれたのが、グチャ先輩だった。

グチャ先輩は、中庭のベンチに座り、缶コーヒーを飲むところで、マスクを外していた。そして、朝からの強風が、グチャ先輩の鉄壁の前髪を勢いよくさらったのだ!

かっこいい〜!!

顔がはっきりと見えた。とてもカッコいい人だった。

グチャ先輩は、さっとマスクをつけてから、ベンチを立ち上がり、歩いてきて私の前にハンカチを差し出した。

「ありがとうございます。」

ハンカチを受け取る。

前髪が顔の上半分を、そしてマスクが下半分を覆い、顔が全然わからない。

勿体無い。

心の中で、そう思った。

「入学おめでとう。」

グチャ先輩は、そう言って立ち去っていった。



それから、名前も学部も何年生かも分からないから、グチャ先輩に会いたくて、時間がある時は、入学式の時にグチャ先輩が座っていたベンチで本を読むようになっていた。

あの日、ここに来たのだから、また来るにちがいない!

グチャ先輩の情報を収集しつつ、待ち伏せすること半年。情報は驚くほどなかったけど…。


ついに、その時はやってきたのだ。

いつも通り、ベンチで本を読んでいると、

「あ、君…。」

このベンチで休憩しようとやってきたグチャ先輩と遭遇したのだ!

しかも、向こうから声をかけてくれた!!

「あ、あの時はありがとうございました。もしよかったら隣、座ってください。」

ベンチは3人掛けだ。

私という先客がいたため、他に行こうとしていたグチャ先輩は、少し驚いた感じで(顔が見えないから雰囲気だけど)足を止め、

「君がいいなら。」

と、少し間を開けて腰を下ろした。

優しい人だ。心の中でそう思った。

しばらくして、

「俺、気味が悪くない?」

ポツリと呟く先輩。

「気味が悪いって?」

「いや、あの、よく言われるから、気になるなら別のところに行くけど。」

「そんなことないです。先輩は優しいです。ハンカチを拾ってくれた時も、それから今も。」

「今も?」

「はい。それに、さっき先輩から声をかけてくださいましたよね?入学式のこと覚えていてくれて、私、嬉しいです!」

一気に先輩に気持ちを告げた。

「ああ、綺麗だったから…。」

「!?」

そ、それって、私のこと?それとも桜のこと?

グチャ先輩は、その一言で、私の恋心をぐちゃぐちゃに惑わせるのであった・・・

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