【KAC20233ぐちゃぐちゃ】神様でさえ

ながる

祓い給え浄め給え

 桜の花びら舞う境内は、何とも風流だ。

 こうして黒髪ストレートの長い髪を後ろで一つで纏めて、緋袴で掃き掃除なんてしているJKの巫女さんがいたら、写真の一つも撮りたくなるでしょう? どうぞどうぞ。さあさあ!

 SNSにどんどこ上げて、うちを有名にしちゃって!

 ……なんて、いい感じにポーズをとってみても、田舎の神社は近所のお爺さんお婆さんが花見をするばかりで、誰も私なんて見ちゃくれない。鳥居の上でカラスがカァって鳴くくらいだわ。


 やる気が下降したので、集めた花びらは植え込みの横にザザっと山にして終わりにする。どうせ後でまた掃かなきゃならなくなるのだ。

 おやつでも食べようと社務所に向かう途中で、階段を登ってくる人影に気付いた。二人連れの片方は鳥居の外を、もう一人は鳥居の端っこを潜ってこちらにやってくる。潜った方はパーカーを被ってるんだけど、その頭が妙に大きい。そんで、潜らなかった方は、なんていうの? オーラ? 取り巻く空気がぞわぞわぐちゃぐちゃしてて、離れているのに鳥肌が立っちゃった!

 えー。なにあれ。変なものに憑りつかれてる? それにしては妙に落ち着いてるというか、クールというか……やだ。顔は好みかもしれない。


 大学生風のその人をじっと見ているのに気付かれて、私は慌てて社務所の奥に引っ込んだ。

 見たことないオーラと顔だったな。田舎なんて買い物に行く場所も決まっちゃうし、初詣はうちに来るしかないから、名前は知らなくても顔は見たことある人ばかりなんだよね。外から来た人かな? 変なもの持ち込んできたんだったらやだなー。廃墟巡りとか、そういえば密かなブームとかSNSで見たような。この田舎町、廃墟なんてあちこちにあるんだよね。


 ガラガラと閉めた戸が開く音がする。そっと窺えば、さっきの二人がお祓いについて聞いている。クールな大学生風の人がうつむいてるパーカーの人のパーカーをパカッと……いや、寒いギャグ挟んでる場合じゃない。ともかくかぶっていたパーカーを脱がせたら、下から出てきたのは、二十代くらいの男の人の頭にしがみつく茶色のテディベアだった。


 * * *


 神主父さんも困惑したまま、とりあえず祈祷してみることにしたようだ。巫女ももちろんお手伝いする。

 どこにでもいそうなサラリーマン風の男性ははざまさんというらしい。二十六歳、この住所はどこかの会社の借り上げ社宅だから、最近この町に越してきた人だね。祈祷のために紙に書かれた個人情報を興味本位で覗いた私を、父さんは目だけで叱った。

 彼の頭上のテディベアは一見、ただ乗せているように見える。だが、不思議なことに、引っ張っても捻っても、吸い付いているかのように離れない。つぶらな黒い瞳なのに、どこか必死さを感じるのはどうしてだろう。


 さんざんあれこれと試したようで、彼の髪の毛はぐちゃぐちゃに乱れていて、その表情からは羞恥を通り越して諦めが色濃く見える。オーラもなんだか頼りないのよね。病気とかだとくすんだ感じに見えたりするけど、そういう訳でもなく、うーん。落ち込んでたり、ストレスたまってたり、そういう時の見え方。確かにこういう時は憑かれやすかったりするけど、テディベアが悪そうな感じもあんまりしないなぁ。良いかと言われれば、そうでもないけど。

 得体の知れなさは隣に座ってる彼の方が……って、どこ見てるの?

 彼の視線を追っても何もなく。でも、はっきりと何かを見つめている様子に、はたと気付いた。

 ご神体のある方向?!

 うっすらと背筋が寒くなって、鈴を持つ手に力がこもった。微かに鈴が震えて、それに気付いたように彼がこちらを見る。目が合うと、うっすらと笑われた!

 やだやだ! 何アイツ! 父さん、あれも一緒に祓っちゃって!! なんだか危険が危ないよぅ!




 巫女をするようになってから初めて真剣に神様に祈ったよ……

 結論から言えば、テディベアは間さんの頭から取れた。というか、得体の知れない彼が祝詞の途中で、突然鷲掴みにしてひっぺがしてた。そのままクマの耳を咥えちゃったのはびっくりしたけど、ちょっともぐもぐしてすぐに何事もなかったかのように離して澄ましてたし……祝詞にも鈴の音にも平然としてるってことは、オーラが特殊なだけのただの変な人なのかなぁ?

 そんなことを思いながら、帰ろうとする彼らの背中を見送っていたんだけど、ふと思いついたというように、得体の知れない方がくるりと振り返ってつかつかと寄ってきた。


「これ、預かっておいてください。しばらくしたら取りに来ます。さっきのうた? みたいなの聴かせてやってくれれば、また変わるかも。奥のも気になるけど、アレは怒られるくらいじゃ済まなくなりそうだから……こっちで手を打ちます」


 テディベアを渡されて、小声で「あまり言わないでくださいね」と微笑まれた。

 ああ! もう! 近くで見てもイケメンだな!!


「な、何者なんですかっ」

「人には無害なモノですよ」


 ぼそぼそ話していたので、父さんが訝しげに振り返る。同時に、先に行った間さんが彼を呼んだ。


「オマエさん?」

「今行きます」


 おまえ、さん? 変な名前。渡されたテディベアをよく見てみたけれど、二十センチほどの普通のクマだ。ただ、ちょっとだけ……涙目になってるような……?




神様でさえ おわり

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