「お兄ちゃん、大好き!」

真朱マロ

第1話 「お兄ちゃん、大好き!」

「ちょっと待て、それはなんだ?」


 帰宅するなり俺は、台所に立つ那奈の姿に怯えた。

 プルプル震える手で握りしめているのはジャガイモだが、見る影もなく痩せ細っている。

 ヤル気になっているのは結構だが、想像以上に手元が危ない。


 那奈は中学三年生。

 今日から三日間。両親が結婚二十周年の記念に旅行で不在だから、兄妹二人で過ごす予定である。


「料理も洗濯も任せて!」


 なんて威勢のいいことを言っていたが、俺は知っている。

 那奈は調理実習以外で、料理をした事がない。

 おまけに、調理実習はチームプレイだ。


 最悪の予感はしていたが、予想以上にヤバイ気がする。

 振り向いて「え?」と首をかしげる間も包丁を動かしているので、思わず「包丁! 包丁!」と叫んでしまった。

 キャァ! などと可愛い悲鳴を上げた後で、那奈はキョトンとした。


「え? カレー作ろうと思って」

「ピーラー使えよ。右の引き出しに入ってる」

「平気、揚げちゃえばポテトフライになるし」

「やめろ、ジャガイモへの冒涜だ」

「捨てるわけじゃないから、ジャガイモも本望だって」


 カレーを作ると言いながら、ポテトフライの話になるとは。

 那奈の頭の中身は、好きなものばかりがグチャグチャに散らかっていそうだ。


「貸せ、野菜は俺が切るから、那奈はご飯を炊いてくれ」

「お、さすが高校生! 目の付け所が違うね」

「カレーライスで、ライスの用意を忘れるのが那奈だろ」

「ひどーい! そうだけど」


 ケラケラ笑いながら、那奈は米を研いでいる。

 今にもザルをひっくり返しそうでヒヤヒヤする。


「将来のためにも、今から練習しないとね。毒見係がいて良かった」


 毒見ってなんだ。危険物はいらないぞ。


 さすがに声を失い、那奈と見つめ合ってしまった。

 ぐちゃぐちゃの俺の気持ちなどお構いなしに、可愛い笑顔の上目遣いが最悪だ。

 止めろ、俺を見るなと思ったけれど、悪びれなく那奈は笑った。


「お兄ちゃん、大好き!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「お兄ちゃん、大好き!」 真朱マロ @masyu-maro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ