ぐちゃぐちゃの恋模様

夢空

第1話

(一体、何がどうなってるんだ!)


 時刻は放課後。僕こと峯崎尚弥と同じクラスの女子の岸野遥香さんが体育館裏の人気のない場所に向かい合っていた。



 事の発端は、僕の机の中にいつの間にかこんな手紙が入っていた。中の文章は、


(二人きりで大事な話がしたいです。放課後に体育館裏まで来てください。岸野遥香)


 女の子らしい丸文字の手紙を読んだ瞬間、僕の心臓はどくんと大きく脈打ち、全身が緊張で強張りを通り越して鈍い痛みが走る。

 これは素直に受け取るならあれだ。恋の告白ってやつだ……。しかも岸野さんといえば同じクラスになった時からいつの間にか好きになっていた女子だ。それがまさか向こうからの告白!? 世界がどうにかなってしまったかのようだ……。


 僕は必死にそれを顔に出さないよう平静を努めて授業をこなし、放課後になったらすぐに体育館裏まで飛んでいったのだけど……。



「ねえ、用って何? こんな手紙で呼び出してさ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 手紙で呼び出したのは岸野さんでしょ!」


「手紙なんて知らないって」


 完全にお互いの言い分が食い違っている……。僕は岸野さんに手紙なんて出してない。それに、岸野さんが出してないならこの手紙は一体……。ああもう、こんな事になるなんて全く思ってなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。


 お互い無言の気まずい時間が流れる。まるでこの時が一生続くんじゃないかと思った時、岸野さんが僕に近づいてきた。


「ちょっとその手紙見せて」


「え!? う、うん。はい」


 僕が手紙を差し出すと、岸野さんはひったくるように取って手紙を見つめる。


「これ、あたしの字じゃない」


「え!?」


「……あたし、字が下手なの。こんな女の子っぽい文字書けないよ」


 そう言うと、岸野さんが口をとがらせて伏せ目がちになる。字がコンプレックスなんだろうか。


「じゃ、じゃあそっちの手紙も貸して!」


「はい」


 僕は岸野さんから手紙を受け取る。こっちはかなり僕の字に寄せてある。でも細かい癖が真似できてない。分かってたことだけど、こっちも間違いなく偽物だ。


「一体どうして……」


「どこの誰だか知らないけど、おせっかいがこんな事仕組んだんだよ」


「でも誰が?」


「心当たりはないけどさ、峯岸くん私のこと好きでしょ?」


 そう突然言われて僕の全身に電気が走った。


「ほらそれ、分かりやすすぎるもん。クラスのみんなのほとんどは知ってるんじゃない?」


「そ、そんな……」


 僕は大きく肩を落とす。なんか自分がピエロになった気分だ。今まで隠し通してきたと思ってたのに……。

 そんな僕の様子を見て、岸野さんがふっと笑った。


「ねえ、それじゃこのままあたしと付き合ってみない?」


「……は?」


 突然の超展開にもう頭がついていかない。岸野さんの言葉に反応するだけのおもちゃになっていた。


「きっとさ、これやったやつって絶対うまくいかないって思ってやったんだよ。ならさ、いっその事本当に付き合っちゃってやった奴らを見返してやろうよ」


「で、でも岸野さんはその……僕なんかでいいの?」


 もじもじと女々しく呟く僕の目を、岸野さんはまっすぐ見つめた。


「峯岸くんさ、もうちょっと自分に自信持ったほうがいいよ。私は峯岸くんの良いところ、たくさん知ってるんだから」


「え、なんで?」


「そりゃ、自分のことを好きになってくれた人だもん。こっちもしっかり見てたんだよ。だから峯岸くんでもじゃない。峯岸くんだから付き合おうって言ってるの」


 その瞬間、僕の両目から涙がこぼれた。僕の好きな人からこんな風に言われるなんて思ってもみなかった。


「ほら、さっそく良いところが出た。嬉しいって素直に表現できるのは良い事だよ」


 ここまで言われて引くことなんてできない。


「それじゃ、えっと……よろしくお願いします!」


 勢いよく差し出した手を、岸野さんの温かい手が握り返してくれる。


「こちらこそよろしく!」



 こうして僕達は付き合う事になった。

 いつも明るく、包み隠さない彼女だけど、自分の書いた字だけ頑なに見せようとしてくれない。そんなに汚い字を見られるのが嫌なんだろうか。僕はそんなの気にしないのに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐちゃぐちゃの恋模様 夢空 @mukuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ