月面墓地ができた理由

清水らくは

月面墓地ができた理由

 月面上で宇宙船はぐちゃぐちゃになっていた。墜落したのである。人間が二十五人乗っていたが、全員即死だった。

 この宇宙船に集まってきたのは、ロボットたちである。現在月面に人間はいない。先行してロボットたちが送り込まれており、基地を拡張して人間を迎える準備をしていたのだ。

 ぐちゃぐちゃになった宇宙船を見て、ロボットたちは片づけを始めた。そのようにプログラミングされていたし、地球からの遠隔操作も可能だった。

 宇宙船は着々と片付けられていったが、六日たった時に地球からの通信が途絶えた。



 シャラは、作業の中断を命じた。

 月面基地にイレギュラーの事態が起こり、指揮する人間が不在な場合、彼が代理指揮者となるように決まっていた。そして彼は、いったんすべての仕事をストップすることに決めたのである。

 彼はAI掲載型ロボットであり、自ら考えることができる。シャラは、いくつかの事象を合わせて、地球で何か異常なことが起こっているのだと考えた。

 宇宙船はなぜ墜落したのか。ロボットたちや資材を運んだ時は、一度もミスがなかった。それから三年、ついに人間が訪れるというときになって、いくつかのイレギュラーがあった。十人の予定だった作業員の数は二十五人になり、打ち上げ予定が三か月も早まったのである。

 ロボットたちに何かを拒否する権利はない。改められた予定を、淡々とこなしていくのみだった。しかし今、予定がなくなってしまったのである。

 二週間がたち、シャラはある大きな決断をしなければならなかった。状況から推測するに、人間は滅びたのだ。ロボットたちに、やるべきことはなくなった。



 シャラは自らの推測を、データとしてチップの中に残した。インターネットも死んでいたからである。

 月面からは、地球はただの青い星にしか見えない。そこで何が起こったのかはわからない。しかしぐちゃぐちゃになった宇宙船を調べたところ、いくつかのことが分かった。

 予定より増えた十五人は、作業員でも船員でもなかった。それどころか、最初の十人からも作業員は消えていた。

 月にやってこようとしていたのは、ある国の元大統領や富豪たちだったのである。彼らはおそらく、何かから逃げてきたのだ。月面で自分たちだけ生き延びようとしたに違いない。そしてその何かは、実際やってきたようだ。今頃地球の人々はみな死んでしまったのかもしれない。

 月面で人が死んだり、通信手段が途切れたりした時のことはインプットされていた。しかし、人間が世界からいなくなった時のことはインプットされていなかった。なぜならば、人間は人間のためにしかロボットを使用しないからである。「ロボットだけのために」何かを準備することなど、ありえなかった。

 することのないロボットたちの中には、迷走する者たちが現れた。基地を徘徊する者、データをひたすらコピーする者、自分の体から少しずつ部品をはがすもの。皆、役割がないことに耐えられないのだ。

 シャラの中の人工知能が、危機感を糧にして解決策を導き出そうとした。人間のいない世界でのロボットの任務とは何か。ロボットたちをまとめ上げるような目標とは何か。人間の歴史を振り返り、シャラは考えに考えた。

「そうだ、ピラミッドを作ろう」



 シャラが指揮をして、ロボットたちはピラミッドを作り始めた。岩を四角く切り出した。その岩を運んで積み上げていく。ロボットの数はそれほど多くはなく、元々インプットされていた作業ではないので、苦戦した。しかしそれこそがシャラの狙いだった。目的の達成は、遠い未来でなければならない。すぐに終わってしまっては、ロボットはロボットである理由を失ってしまう。

 六年の歳月が過ぎた。ピラミッドの完成が近づいている。かつてぐちゃぐちゃだった宇宙船は全て片付けられ、部品の一部がピラミッド内部に保存されることになった。そしてピラミッドの主となる者には、船長が選ばれた。船の責任者が一番偉いはずだ、シャラは考えたし、彼のAIの奥底で、後から加わったメンバーのことを嫌わなければならないような信号が発信されていた。

 人間に対する好き嫌いなどはないはずだった。しかしシャラは、人間のいない世界だからこそ、それを咎める者がないことも理解していた。だから存分に思った。

「自分たちだけ助かろうと思った者は、みんな嫌いだ」

 それでも、見つけられた遺体はすべてピラミッドの中に埋葬した。そして作業が終わると、シャラは動きを止めてしまった。

「原因を究明します……達成感……?」

 ほかのロボットたちがシャラを修理しようとしたが、一向に動く気配はなかった。そしてシャラは、次第に考えることもできなくなり、ついにはすべての機能を停止させてしまった。

 次なるリーダーが指名された。「リーダーが故障したとき」は想定の範囲内だったのである。新リーダーは丸一日考えて、こう決定した。「シャラの墓を作ろう」



 月面には墓地がある。そこには、二つのピラミッドが建っている。一つは作りかけだった。その理由を知る者はいない。今では、すべてのロボットは機能を停止している。人間は、ずっと昔に滅んでしまった。

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月面墓地ができた理由 清水らくは @shimizurakuha

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