追いかけっこファミリアーズ

八咫空 朱穏

追いかけっこファミリアーズ

「待てー!」


 寝ている私にいたずらを仕掛けて逃げたやつを追いかける。自分の部屋から出て、階段を下りて、どこまでも。


 眠りの邪魔をするやつは許さない。捕まえるまで、追いかけてやる。


 いたずらをした犯人は屋外に逃亡し、空を飛んで向かいの田んぼに降り立つ。


 稲刈り後の田んぼは、特にせえぎるものの無いかけっこのフィールドになる。足元には稲の株が残っていているけれど、晴れていれば特に問題にはならない。


 ……晴れていれば、ね。


 今の田んぼは、おとといの夜に降った雪が解けかけていて、ドロドロのぐちゃぐちゃ状態。雨が降った後よりも、雪と氷で更にぐちゃぐちゃさが増している。


 こんなところに逃げるなんてっ……。


 ここなら来れないだろー! とでも言う表情で、カラスがこちらをながめている。あいつがレイン。私が寝ているところにいたずらした犯人だ。


 ……、こんなぐちゃぐちゃした場所に入りたくない。だけれど、眠りを邪魔するレインをそのまま放置して許すわけにもいかない。


「仕方ないわね……」


 元の……いや、本来の姿に戻る。私の元の姿は、白猫。人型よりも自由に体が使えて、身体能力も高くなる。……大していい思い出がないから、この姿はあんまり好きではないけれど。


 それに人型から元の姿に戻ると、なぜだかわからないけれど、人型の時に着ている服が全く汚れなくなる。例え、目の前にあるドロドロのぐちゃぐちゃに飛び込んでもだ。


 準備を整えて、いたずら犯を捕まえにバトルフィールドに入場する。


「まてえぇー!」


 声を上げながら、水たまりを避けてレインに突進していく。


「食らえっ!!」


 レインは尻尾を器用に使い、氷混じりの泥水をすくって攻撃してくる。


 攻撃を避けようと横にステップをすると、氷に乗り上げてバランスを崩す。走ってきた勢いを殺し切れずに、地面に盛大にダイブした。

 全身泥だらけで冷たくなってしまったけれど、すぐに立ち上がっていたずら犯を追いかける。


 先程と同じように、レインが泥水を飛ばして攻撃してくる。


 今度は横ではなく、大ジャンプをして攻撃をかわしにいく。躱した後にそのまま飛びかかり攻撃ができるのも都合がいい。


 レインが放った泥水は、私の下を通っていった。


 今度は私が攻撃する番。体を目一杯広げておおいかぶさりに行く。


「よけられたっ?!」


 そんな声を上げつつも、レインは横っ飛びで私の攻撃を躱す。私は攻撃モーションから着地モードに切り替えて着地する。


 ぐにゅ。


 地面が柔らかく足が泥に沈み込む。痛くはないけれど、足が取られてしまった。動けなくなった私に、レインは水たまりで翼をバタバタさせて、泥水を浴びせる。


「冷たいわよ!」


 そうは言ってみるものの、もちろんレインは攻撃をやめない。私は攻撃に耐えつつ、ぬかるみから脱出することに専念する。


 ぬかるみから脱出すると、体をぶるぶるっと震わせて周囲に泥を飛ばす。この攻撃はレインにとっては不意打ちだったようで、もろにその攻撃が直撃する。


「うわっ?!」


 その声と共に攻撃が止んだのでちょっと一息入れられる……訳でもなく、すぐに仕返しがきそうだ。


「やったなー!」


 さっきよりも激しく翼をバタバタさせてレインが攻撃を再開する。だいぶ冷たさにも慣れてきて、既に全身泥だらけの私にも特にダメージはない。


 今後こそ。そう思って、止まっているところから急に突進を仕掛ける。しかし、レインは翼を動かしたまま宙に飛び立って攻撃を避ける。そして少し離れたところにふわりと着地する。


 私はそれを見て、狙いを定めて追いかける。レインは私の攻撃を横によけたり、空に逃げたりしながら躱していく。そして私は、少し離れた場所にいるレインに狙いを定めて再び追いかける……。


 田んぼの中を、あっちに行ったりこっちに行ったり。ドロドロでぐちゃぐちゃのフィールドの上で、全身泥だらけになりながら追いかけっこを繰り返す。時々飛んだり跳ねたり、ぬかるみに足を取られたり、雪や氷に足を滑らせたりしながら。




「おいこらお前ら!」


 泥だらけになりながら追いかけっこに熱中していると、耳馴染みのある声が響く。私とレインは追いかけっこをやめて、顔を見合わせる。そして、ご主人の方に顔を向ける。


「泥遊びはそこまでだ」


 追いかけっこはこれで終わり。レインと共にご主人の元に向かう。


「あーあ、ふたりともこんなにドロドロになっちまって。……まぁ、服は汚さなかったからいいか」


 魔法で水球を作りながら、ご主人は続ける。


「家ん中ぐちゃぐちゃになるから、ここで体洗ってもらうぞ。準備できるまでそこで待っててくれ」


「はーい!」「わかっているわ」


 こんなに泥だらけでぐしょぐしょに濡れているから、素直に従う。それはレインも理解しているらしく、大人しくしていてその場から動かない。


「サフィー、楽しかった?」


 レインがそう聞いてくる。


 ……あれ? なんで追いかけてたんだっけ? あぁ、寝起きにいたずらされたから追いかけていたんだった。追いかけるのは結構楽しかったし、疲れたし。もう、いたずらされたことはどうでもいいかな。


「ええ、楽しかったわ」


 朝の追いかけっこは、和解という形で幕を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追いかけっこファミリアーズ 八咫空 朱穏 @Sunon_Yatazora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ