プチ同棲と洗い物と勘違い
日諸 畔(ひもろ ほとり)
洗い物はめんどくさい
遠方に住む彼女が、俺のアパートに泊まりに来た。大学の長期休みを利用した、いわゆるプチ同棲のためだ。約一ヶ月、俺と彼女は同じ屋根の下になる。
生活を共にするということは、やらねばならないことを共有するということでもある。家事と呼ばれる作業全般がそれに該当する。
そういう前提のはずだった。
「うわー、ぐちゃぐちゃだねぇ」
食事を終えた後、台所を見て彼女が呟いた。俺は黙って頷く。
料理は俺にとって趣味のひとつだ。しかも、彼女は俺が作る料理を好んでくれる。ならば、俺のやるべきことは決まっていた。
普段はもう少し片付けを意識しするのだが、今日は張り切りすぎてしまった。調理器具や生ゴミが見るも無惨に散乱している。
「めんどくさいけど、片付けるかな」
俺は先程まで大きめのハンバーグが乗っていた皿を作業台に置く。想定よりも凄い勢いで食べ尽くしてもらったのは、嬉しい事だった。
作るのは好きだが、片付けはあまり好きではない。大抵の人がそうであるように、俺もこの惨状に多少辟易してしまった。
「あ、じゃあ私やるよ。作ってもらったし」
背中から彼女の声がかかる。大変ありがたい申し出だ。しかし、俺の後始末をやらせるのはどこか悪いような気持ちにもなる。
「んー、大丈夫。俺やるから」
意図した気遣いを口にしつつ流しの前に立った俺を、彼女が押しのけた。
「だーめ、私はお客さんじゃなくて彼女」
口を尖らせた彼女は、水道のレバーを捻る。
「そっか、よろしく」
「んふふー、任せて」
上機嫌な彼女の髪を撫でる。
俺はどこか勘違いをしていた。彼女にとって、もてなしが好意を表す最良の手段ではなかったのだ。
洗い物をする彼女を見て、一緒にいたいと心から思った。だから、もう何度目になるか数えてもいない、繰り返された決定的な言葉を口にする。
「結婚しよっか?」
「んふふー、いいよー」
彼女のポニーテールが、頷くように揺れた。
プチ同棲と洗い物と勘違い 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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