異世界転移の聖女は、精霊様のために働きますーぐちゃぐちゃー
MACK
* * *
天涯孤独で社畜なわたしが地面に突如現れた光の環に呑み込まれ、「聖女の召喚に成功した!」と歓喜の叫びをあげる人々に囲まれていたのは昨日の事だ。
一夜明け、改めて夢ではなかった事を知る。
この世界には各国に守護精霊がいて、甲斐甲斐しくお世話をする事で平和と実りが約束されるらしく、それぞれが大きな神殿を建てて大切しているのだが、長く精霊に滞在してもらうと良くない物が溜まるマイナス作用もあるため、定期的に神殿の浄化が必要になるという。
今回、実に三百年ぶりの聖女召喚となり、選ばれたのがわたし。
そして今、聖女の衣装を纏い「これを」と最後に渡された錫杖……のごとく優美な装飾をされた箒とハタキ。
髪は邪魔にならないように結われ、更には三角巾。ヒラヒラ要素が一切ないジャージのような上下に、割烹着のようなスモックをかぶせられた。これが聖女の正式な衣装というから、嫌な予感はしていた。
目の前にそそり立つ神殿の扉が開いた瞬間、「夢であれ」と願いながら目を閉じ、それから再び開いたけれど、現実は残酷に目の前に存在し続けている。
「汚部屋だ」
豪雪地帯で、一階は雪に埋もれました! の証拠にアップされる玄関画像を思い出して欲しい。引き戸を開ければ雪の壁、みたいなやつ。ここではそれが、ぐちゃぐちゃのゴミの壁である。
気絶するかと思った。
コミカライズはモザイクで頼む。
「これ、普段から片付けなかったんですか」
「精霊様への供え物は別の次元に移り、我々には触れられない物となるのです」
そう言いながら案内してくれた神官が、はみ出したリンゴの芯に手を伸ばしてみせるが、スカっと空振りをした。
「これを浄化できるのは異世界から来た聖女様のみ。このままでは精霊様の機嫌を損ない、国が滅びてしまいます。なにとぞ、なにとぞ」
神殿前に集う国王以下、全ての人にひれ伏されれば、逃げ出す事も
聖女が箒で触れればゴミは消えていくらしいので、ゴム手袋が存在しないこの世界ではありがたい。流石に生ごみは素手で触りたくない。
とりあえず精霊がいるという場所まで道を作ろうと、箒を右手にハタキを左手に持ち、軽快でロックな八ビートを刻みながらゴミを叩き消しながら進むと、前方から不機嫌な声がした。
「うるさい」
音楽的で心地よい男性の声に、滲み出る不機嫌さ。不機嫌になると国が滅ぶんだっけ? と思いながら、目的地が判明したので引き続き更にバシバシと箒とハタキを振るう(十六ビート)。前方から青筋マークが飛んで来ている気がするけどそこは無視。
そしてついに辿りついたそこには王座のような豪華な椅子があり、体育座りの美青年が。しかし椅子の周囲ももちろんぐちゃぐちゃ。
「精霊様?」
「さよう」
まわりの風景に全くそぐわないが、精霊としてイメージ通りのビジュアル。透けるような白い肌、宝石のような青い瞳、人にはない銀色の長い髪、ほっそりとした長身の体躯。発光するタイプのイケメンで、目が潰れそう。周囲の状況は発酵してますといった風情でその輝きを相殺しているから、辛うじて目が開けられている。いや、匂いが目に沁みそうで結局は全開にはできないのだが。
「そなたが今回の聖女か」
「清(掃)女です♡」
そもそもこの人が散らかさなければ済むのではないかと思うと、嫌味のひとつも言いたくなった。せめて分別しろ。
「何で散らかすんですか」
「精霊の手を煩わせようというのか。我はこの国を守護……」
「ゴミはゴミ箱へ! 使った物は元の場所!」
左手を腰に、仁王立ちでハタキを鼻先に突きつけると、精霊は心底嫌そうに顔をしかめた。しかめてもイケメン。だが有無を言わさず、ハタキをその手に取らせる。
「はい! 自分が出したゴミなんですから自分で。手伝いますから」
「貴様……っ」
彼は不機嫌MAXの表情を浮かべたが、怒った顔も好みのイケメン。にっこりと微笑んでハタキをその手に持たせると、自分は椅子のまわりをバシバシ。するとしぶしぶと、精霊も体育座りのままゴミをハタキでツンツンしはじめた。ツンツンでも消えるらしい。
どれくらいの時間が経過しただろうか。椅子のまわりにはそれなりの空間が出来た。三百年分のゴミだから、流石に一朝一夕とはいかないが。
「片付けるというのは、楽しいものだな」
周囲が整う達成感を、精霊も感じたらしい。そして
「面白い女よ。我に命令をしたのはそなたが初めてだ。そして、大切な事を教えてもらった気がする」
間近に寄ってきた彼の、少しはにかむような蕩ける微笑みがそこに。イケメンのはにかんだ蕩ける微笑み(二回目)。神々しい。目がぁ〜! 目がぁぁぁあっ!!
「でも完璧にピカピカにするよりも、適度に散らかった部屋の方が住みやすいらしいですよ? これからは心地よい散らかり状態を維持しましょう。聖女であるわたしがそのお手伝いをします!」
ぴかぴかの部屋では輝くイケメンを直視できない気がするし、完全に片付いたら元の世界に帰される気がして、わたしは両目を覆う指の隙間から彼を覗き見しつつ、己の欲望に忠実な助言を精霊にしたのだった。
異世界転移の聖女は、精霊様のために働きますーぐちゃぐちゃー MACK @cyocorune
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