昆虫たちのガチレース

第1話 昆虫王は誰の手に

「全国の昆虫ファンの皆様、こんばんは。まもなく、記念すべき『第一回昆虫選手権大会』が開催されようとしています。実況は私、杉原が務めさせていただきます。そして解説は、昆虫マニア歴５０年の栗田さんです。栗田さん、よろしくお願いします」

「よろしくどうぞ」

「先日、歴史的なぬいぐるみのレースが行われたばかりだというのに、またもそれに匹敵するようなレースが行われようとしていますが、なぜこのようなことになったのでしょうか？」

「前回はともかく、今回は完全に作者のネタ切れでしょう」

「なるほど。確かに『ぐちゃぐちゃ』から発想を飛ばすのは難しいでしょうね。さて、レースに先立ちまして、まずはルール説明を行いたいと思います。一周４００メートルのコースを、８匹の昆虫のうち誰が一番先にゴールするかを競うという、誠にシンプルなものとなっております。ただ普通のレースと違うのは、妨害ありというところです。これは選手間による妨害、その他の妨害と二種類あり、それらをいかに潜（くぐ）り抜けるかが、優勝のカギとなっております。さて栗田さん、これらのルールは前回のぬいぐるみレースとまったく一緒となっていますが、なぜでしょう？」

「単に、作者がルールを考えるのが面倒くさかったんでしょう」

「なるほど。ではここで選手紹介に移りたいと思います。レポーターの田中さーん！　　

よろしくお願いします」

「わかりました。あまり気は乗りませんが、今からインタビューを行いたいと思います。まずは１コースのハエ選手、今、どんな心境ですか？」

「そうですね。ぼくたちハエは、世間的に大変嫌われているので、今日はなんとか見返してやりたいですね」

「そういえば、あなたたちって、なんでそんなに臭いもの好きなんですか？」

「それはぼくに言われてもわかりません。生まれつき、そういう体質なんですから」

「なるほど。まあ、それがわかったところで、どうでもいいんですけどね。では続いて、２コースの蚊選手、レースへの意気込みを聞かせてください」

「そうですね。ハエさん程ではありませんが、私も世間的にあまりいいイメージを持たれてないので、今日はなんとかそれを払拭したいですね」

「ずばり優勝の自信は？」

「無ければ、ここにはいませんよ。はははっ！」

「ほう。大した自信ですが、それが過信にならぬよう、せいぜい頑張ってください。では次に３コースのカブトムシ選手、昆虫界では絶大な人気を誇っていますが、それについてどう思われますか？」

「そうですね。美しくもあり、また強靭なこのフォルムからすると、それも当然だと思っています。はははっ！」

「ほう。あなたは謙遜という言葉を知らないみたいですね。せいぜい他の昆虫たちに足を引っ張られぬよう気を付けてください。では次に、４コースのクワガタ選手、世間では、隣のカブトムシ選手のライバルと認識されていますが、それについてどう思われますか？」

「俺は、こんなクソ野郎のことを、ライバルだなんて思ってない。俺の方が格上であることを、今日のレースで証明してやるよ」

　クワガタの挑発的な態度に、カブトムシの表情は見る見る険しくなった。

「おー、なんか殺気だっていますね。早くも両者バチバチとなっていますが、殴り合うのはレースが始まってからにしてくださいね。それでは次に、５コースのセミ選手、調子の方はいかがですか？」

「万全です。まあ、『太く短く』というのが我々セミのモットーなので、今日はその生き様を思う存分見せつけてやりますよ」

「おー、やる気満々ですね。それは優勝宣言とみてよろしいのでしょうか？」

「当然でしょ。どうせ短い命なんで、たとえここで燃え尽きたとしても、まったく悔いはありません」

「わかりました。では続いて、６コースの蛾選手、セミ選手の優勝宣言が飛び出しましたが、それについてどう思われますか？」

「そうですね。まあ、それは人それぞれ……あっ、失礼。虫それぞれの考えがあるので、私からは何も言うことはありません。ただ、私みたいな外見の悪いものが、同じように優勝宣言などしようものなら、たちまちブーイングの嵐が吹き荒れるでしょうね」

「まあ、それに関しては、私はまったく否定しません。それでは次に、７コースのハチ選手、この記念すべき『第一回昆虫選手権大会』に、代表として選ばれた今の心境を聞かせてください」

「そんなにプレッシャー掛けないでくださいよ！　こっちは出たくて出てるわけじゃないんですよ。ぼくは女王様に命令されて、仕方なくここに来てるんです。だから、こんなレースさっさと済ませて、早く家に帰りたいんです！」

「ほう。これはえらく消極的ですね。でも、もしかすると、これは相手を油断させるための作戦かもしれません。それでは最後に、８コースのゴキブリ選手、ずばり優勝の自信は？」

「えー、会場および視聴者の皆様、ただいまご紹介にあずかりました、私が昆虫界嫌われチャンピオンのゴキブリです。皆様は私を見つけると、まるで親の仇とばかりに、新聞紙や殺虫剤を持って追い掛け回しますよね？　その度に私は、まさに死ぬ思いで逃げ回っているのです。なので、私は皆様に見つからぬよう、常に陰でコソコソしながら生活しています。しかし、そんな生活とも今日でおさらばです。私は今日このレースに勝って、昆虫界のトップに君臨します」

『ブー――ッ！！』

　ゴキブリ選手の優勝宣言が飛び出すやいなや、会場ははちきれんばかりのブーイングの嵐に包まれた。

「うおー！　これは凄いブーイングです！　私の声が届いているかどうかわかりませんが、これでインタビューを終了したいと思います」

　会場が異様な雰囲気に包まれる中、レースはいよいよ始まろうとしていた。

『バンッ！』

「号音轟く中、８匹の昆虫たちが一斉にスタート……いやっ！　１匹だけ逆方向にスタートした者がいます。それは……ハチ選手です！　栗田さん、これは一体どういうことでしょうか？」

「先程のインタビューでも言っていましたが、帰巣本能が働いたんだと思います」

「なるほど。これで早くも一匹脱落となり、残りは７匹となりました」

　その後、レースはハエ選手が先頭に立って展開されていたが、何を思ったか、彼は突然コース外に向かって飛んでいった。

「おおっと！　ハエ選手が犬のいる方向へ飛び立ちました。そして……ああっ！　なんと、犬が粗相したものの上を飛び回っています。栗田さん、これは一体どういうことでしょうか？」

「見た通り、ハエとしての性（さが）に抗（あらが）えなかったのでしょう」

「なるほど。これでハエ選手は脱落となり、残りは６匹となったわけですが……ああっ！　なんと、クワガタ選手が、自らのハサミでカブトムシ選手の体を挟んだー！

カブトムシ選手は苦悶の表情を浮かべながら、体をジタバタさせています。そして、なんとか脱出し、自慢のツノでクワガタ選手を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけたー！　クワガタ選手はピクリともしません。しかし、カブトムシ選手もダメージが残っているようで、その場にへたり込んでしまいました。これで両者続行不能となり、残りは４匹となりました」

　その後、レースは蚊が先頭に立って展開されていたが、突然よぼよぼのおじいさんが、手に何かを持ってコース上に現れた。

「おおっと！　突然老人が、渦巻きの形をしたものを持ってコースに乱入してきました。栗田さん、老人は何を持ってるんでしょうか？」

「見たところ、どうやら蚊取り線香のようですね」

「なるほど。確かに、そのようですね。老人は震える手でなんとか蚊取り線香に火を点けました……ああっ！　蚊選手が蚊取り線香のけむりを吸って、酔っ払いのようにゆらゆらと揺れています。そして、そのまま力尽きました。これで蚊選手は続行不能となり、残りは３匹となりました」

　その後レースは蛾選手が先頭に立ったが、突然彼の前に体格のいい中年男が立ちはだかった

「おおっと！　突然、蛾選手の前に男性が立ちはだかりました。栗田さん、あれは一体誰なんでしょうか？」

「見たところ、どうやら往年の名横綱、貴〇花のようですね」

「貴〇花？　彼は一体何をしに現れたのでしょうか？　おおっと！　そうこうしているうちに、貴〇花がいきなり張り手を食らわしたー！　まともに食らった蛾選手は、そのまま地面にひらひらと落ちていきます。それを見て、貴〇花は目ん玉をひん剥きながら笑っています。ああっ！　いつの間にか、靴職人もどきの息子も現れて、父親と一緒に笑っています。これで蛾選手は続行不能となり、優勝はいよいよ２選手に絞られました」

　セミ選手とゴキブリ選手は優勝目指して、互いに必死の形相で競っていたが、セミ選手がゴール直前で力尽き、そのまま地面に倒れ込んだ。

「おおっと！　セミ選手が突然、倒れました！　栗田さん、セミ選手に一体何が起こったんでしょうか？」

「セミ選手にとっては大変不本意でしょうが、寿命が来たということでしょう」

「なるほど。命がけで戦った結果、本当に命が無くなったということですね。これで残りはゴキブリ選手だけとなり、後はゴールテープを切るだけですが……ああっ！

突然、大勢の観客が乱入してきました！　そして彼等はそれぞれ手に何か持って、ゴールの前に並べています。栗田さん、あれは一体何でしょうか？」

「見たところ、どうやらゴキブリホ〇ホイのようですね」

「なるほど。どうしてもゴキブリ選手に優勝させたくないばかりに、あれを使って、彼をおびき寄せようとしているんですね。コース一杯に並べられたゴキブリホ〇ホイを、どうやって切り抜けるのでしょうか？　おおっと！　今まで地面を這いずっていたゴキブリ選手が、突然羽を広げて飛び立ちました。そして、ゴキブリホ〇ホイをかわし、見事、ゴールテープを……ああっ！　観客の一人が、新聞紙を丸めて、ゴキブリ選手を叩き落としたー！　そして、そのままゴキブリホ〇ホイの中に放り込みました。ゴキブリ選手は中でもがき苦しんでいます。これでゴキブリ選手は続行不能となり、『第一回昆虫選手権大会』は、先日の『ぬいぐるみ選手権』同様、優勝者なしというぐちゃぐちゃの結果となりました。それでは皆さん、さよならー」

　　　　了