二・月
君が駆け寄ってきた時、笑顔だったのが嬉しい。
「消防車のサイレンがなかったら、気付かなかったよ。来てること内緒にして帰るつもりだった?」
「まあね。夜遅いだろ?」
「気にしなくていいのに。寝てたら返信してないから」
「そうだよな。あー、えっと、寒くない?」
言葉がうまく出てこないので、照れ隠しでとりあえず言っておく。
君は、ダウンのショートジャケットを羽織っているから、寒いはずはない。
「とりあえず、その自販機であたたかいもの、買う?」
俺は、歩道沿いにある自販機を指差した。
「ミルクティーだろ? いつもこれだった。今は、どうなんだっけ」
大学時代と今が同じとは限らない。その時の気分もあるだろうから、聞いてみた。
「変わってない。今も、ミルクティー好き。えーっと、コタは微糖のコーヒーだったよね」
「うん。俺も変わってない」
「そっか。良かった。私、彼氏に振られるまで、男友達と会わないようにしてたからさ。通話とか、そういうのは別でね」
「ああ、そうなんだろうなと思ってたよ」
俺は、それぞれの飲み物を自販機で買い、手渡した。
「この先に、公園あるんだよ。大学の頃によく話し込んでたところと似てるんだ。そこまで歩こうよ」
君は、ミルクティーの缶を頬にあてたり、手で覆ったりして、あたたかさを満喫しているようだった。
この街に着くまでは、月はかげっていたはずなのに、君が外に現れたあたりから、月が雲から隠れるのをやめたようだ。
隠したりせずに素直になれと、言われているようで、緊張してくる。
「けっこう、束縛されてきたけど、私は彼のことが好きだったから、嫌じゃなかったのに。従順になったお前はつまらないとか言ってさ。それでだめになった。変だよね。最初、言うこと聞かずに可愛くないとか言ってたのに。四年も、なんだったんかなあ……」
ゆっくり歩きながら、大通りを歩いていた。「あ、次はそこを左ね」と、かなり狭い道に曲がってゆるく下り坂になった道を進む。
「言いなりになるのが当たり前って、それは違うさ。でも、嫌われたくないから、従順になることもある。どっちがいいとか、そんなんないだろうから。自分が悪いのかと、考えなくて良いんじゃないかな」
言葉を選びながら、ゆっくり、話していく。
「コタは、優しいね。今もそうだけど、歩く速度、合わせてくれたり。否定しないでいてくれたり」
君は、そう言いながら俺のコートの袖を軽く掴んだ。
「ほら、月、きれいだよね」
君の言葉に僕は固まる。
昔、君は言っていた。
『月がきれいですねが、アイラブユーなら、いつか、そんな告白してみたいかも。でも、通じるかなー』
まさか。今のそれがアレなら、信じていいのか?
たまたま見たまんまに、月綺麗だと言う感想かもしれない。
どっちだ?!
「月! 綺麗だよね!?」
君は、月を見ないで俺を見ていた。
「えーと、ちょ、待って」
俺は思わずしゃがみ込む。うぬぼれていいのか、これ?
「月、すごく、綺麗、だよ、ずっと、そうだと、思ってた」
しっかり、大きな声で伝えるつもりが、だんだん小さくなっていってた。
すると、君までしゃがみ込んで、
「ずっと?」と、顔を覗きこむものだから、「うわあ」とのけ反る。
のけ反って転がって、そして勢いよく立ち上がり、
「俺は、君が、大学の頃から、好きだった。今も」
と、今度はしっかり伝えられた。
君はしゃがみこんだまま、俺を見上げ、涙が滲み始めていた。
「公園いくどころじゃない、顔がぐしゃぐしゃだよー。嬉しいよ」
公園に行く予定から、コインパーキングに場所を変えて、俺たちは手を繋いで車に向かった。
夜空の雲はやがてみえなくなり、君と俺を、月は照らしているようだった。
〈了〉
君が言ったから 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu
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