君が言ったから
香坂 壱霧
一・そして、向かう
この道を走り抜けて、君の街に向かえば、君に会える。夜十二時、君からのメッセージを眺めてから数分ばかり、思案する。
向かったとしても、会えるかわからない。君は俺の友達でしかないのだから。今から行くと伝えたら、困惑させるだけ。
夜のコンビニの駐車場で、夜空を仰ぐ。車を走らせて一時間、行くだけ行ってみようか。
車に乗り込み、スマートキーでエンジンをかける。
「会いたいじゃなくて、行きたいだけだ」
言い聞かすように呟いたあと、車を発進させた。夜の街並みを通り抜け、夜の工場を横目に、夜の海沿いを突き進む。
あと数キロで君の住む街に着くところで、目に入ったコインパーキングに車を停めた。
歩いていってみよう。
──起きてるか?
メッセージを送る。
──まだ寝てない。明日の仕事の準備してるよ。どうかした?
と、返信が届く。
君は、別れたばかりの彼氏の存在が大きいようだ。そこにつけ込むのは、良くない。それは好ましくない、俺自身が。
──どうもしないけど、近所のコンビニからの帰り道、少しだけ通話付き合ってよ。
そんなメッセージを勢いだけで送信する。近くにいても気付かれない。でも、俺にはわかってる。それだけで良い。一緒に散歩している気分を味わえたら、それで良い。
こっちから通話しようとしたはずが、君から着信が入る。
『なんかあった? もしかして、仕事でなんかあった?』
「そんなとこかな」
『珍しいね。凹んでる? 声がいつもと違う気がする』
大学に入学してすぐ、同じ講義で知り合ってから、六年か。それなりに友達歴がある。その間に、君は別れたばかりの彼氏と付き合うようになってそして別れた。
「俺だってな、たまには凹むよ」
『そうだよね。そんなこともあるよね。大学の頃みたいに近くに住んでたら、あの頃みたいに近くの公園で愚痴大会したりして、会って話せるのにね』
深い意味はない会話だろう。でも、そんな積み重ねの思い出があるから今がある。
「そんなことあったな」
そう返していると、少し遠くから消防車のサイレンが聞こえ始めた。
これはまずい。
『あれ? そっちもどこかで火事?』
これは早く切らないと、すぐ近くにいるなんて、気まずい。
『ん? どうした?』
思わずミュートしてしまう。そのせいで無音になったらしい。
これは電波が悪いとかで切るしかないな。
『電波悪いのかな? 大丈夫? かけなおすよ』
即座に再び着信が入る。
消防車は、近付いている。そして、君の住むマンションもすぐそこに。
『なんだ。そこにいるんじゃん』
スマホからじゃない声が、少し離れたところから聞こえた。
「来てるなら早く言ってよね」
君は、こっちに駆け寄りながら笑いながら言った。
「でも、なんか嬉しいかも!」
駆け寄る君の表情は、夜のせいで見えない。
思わぬ夜の散歩が、始まりそうだ。
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