第10話『俺と検査と葛藤と』

「魔力保有量がゼロなんて聞いたことがない……。それに技量適性も何も無いなんて……」


「明らかにヤバいやつですよね!? なんかの間違いですよね!」


「間違い……。そうか! これはきっとなにかの間違いですよ! どうかこちらへ!」


 そう言って女性が俺の手を掴み、更に奥の部屋へと半ば強引に引き込んだ。

 そこにあったのは少し黒褐色ながら、透けている宝石のようなもの。

 それを両手で掴んだ女性が口を開く。


「これは構造がより単純になっているものです。詳細な数値ではわかりませんが、微量な魔力でもこれなら拾えます!」


 もはや意地だけでやってる気がする。女性からその結晶を受け取り、自分の胸の位置まで持ってくる。


「そしたらさっきと同じように力を入れてください。ちょうどその結晶に力を注ぐイメージで」


 俺は女性の指示通りに結晶へ力を注ぐ。手のひらにじんわりと熱が伝わり、細かな振動も掌へ伝えられる。


「ふぅぅ〜……はっ!」


 ぐっと力を入れるのと同時くらいに結晶が光りだす。その光が消えてから、俺も女性もゆっくりと目を開く。

 俺が手に持っていた結晶はさっきまでと比べ、より透き通った透明になっていた。


「色が……色が無くなってる! これは何を指してるんですか!?」


 明らかな変化を確認し、女性に尋ねる。その結晶を受け取った女性は返答した。


「……色が無色透明化するのは……、魔力の流れを感知できなかったことを指します……」


「えぇっと、つまり?」


「微小な魔力もゼロ……ということになります」


 ◇  ◇


「……あ! ヴェルトさん!」


「どうだった? 急に連れていかれたから心配してたんだけど……」


 既に元の部屋から待合の小部屋に移動していた二人に迎えられ、俺はなんとも居心地の悪い感覚に襲われた。

 彼らはあの結果から見ると非常に優秀な二人ということだろう。それと比べると悪い結果としか思えない俺がいて、なにか邪魔にならないだろうかと思ってしまう。血もつながっておらず、ましてや昔からの関係でもない。


「あ……あの……」


 なんとか絞り出した声は、自分でも情けないものだと解る音だった。


「駄目……でした」


 どうせ誤魔化しても無理だと思い、全てを話した。色がなにも無かったこと、こんなこと過去でも類を見ないと言われたことまで。


「そうでしたか……」


「…………」


 一瞬空気が淀む。アリナさんは言葉を選ぶように焦りの色を見せ、アーサーさんは神妙な面持ちで黙りこくっていた。


「あの……もしあれだったらここで別れませんか?」


 実力が分かった以上、二人に迷惑をかけられない。あの後女性に話を聞いたが、アリナさん達の評価であれば本来E級から始まる冒険者ランクが、DやCから始まる可能性もあるらしい。


 冒険者のランク付けは迷宮に挑戦した際の予想生還率で決められるらしく、複数人の冒険者で活動するパーティの場合は構成するメンバーのうち最も低い階級に引っ張られることになる。

 全員低い階級なら良いが、高い階級を持つ二人に俺が入ることで不利益を被らせてしまうのは忍びない。

 だから、ここで分かれるのが良いと思った。


「そんな! そんな事言わないでください!」


「いや、いいんです。俺はこれでも這い上がる自信ありますから。一人ソロの冒険者として頑張ります」


 腕を掲げてそう宣言した俺。ひとりでも冒険者ランクが上げられない訳では無いのが良いところだ。ここまで短い間だが楽しい旅路だったと思う。


「だから……いつの日になるか分からないけれど、アリナさんとアーサーさんの二人に並べる日が来たら、その時に一緒に冒険しましょう!」


「いや、そんなことは許さない」


 アーサーさんが冷たい声で俺の言葉を遮る。


「絶対に許さないよ。ヴェルト君の技量はこの僕が見抜いたもの――。絶対に逃さない」


「あの……大変嬉しいのですが……」


「そもそも僕らは迅速な活躍なんて望んでいない。どうせアリナと僕は兄妹だ。急いで大金を稼ぐ必要も無い。僕はねヴェルト君、眼の前で才能の原石を失うことが堪えられないんだよ」


 何故、この人は俺に対してここまでの感情を向けてくるのか。その真意がわからないのは、正直怖くなる時がある。


「分かった、こうしましょう! わたしたちで一度パーティを組みます! その後の試験任務を一発合格できなかったら……その時は別れるということで!」


 アリナさんが折衷案らしき提案をする。試験任務とは簡単に言うと昇格試験らしく、規定の任務を達成した冒険者およびパーティに解放される任務らしい。

 現在の格付けよりひとつ上の任務に成功すればそのまま階級が昇格するということ。しかも試験官が同行するので、実力不相応なメンバーがカバーされて昇格することも少ないらしい。


「これで駄目な時は諦めもつくでしょう、兄様?」


「そうだね。それならば……」


「ちょ!ちょっと待ってください! 俺、まだやるって言ってませんよ!?」


「ここまで来てそれは無しですよ! ヴェルトさん! それに……」


 アリナさんはささっと俺の耳元まで距離を詰め、耳打ちした。


(兄様は執念深いです。ここは一旦、私の提案に乗っかった方が得策だと思います)


 (な、なんて傍迷惑なお兄様なんだ……)


 ボソボソと密談を終え、仕方がないとばかりに俺は覚悟を決める。


「……解りました。そこまで信じてくれるのなら……お願いしますよ」


「君をきっと輝かせる。任せてくれ」


 なんとも奇妙な経緯を経て、俺たち3人のパーティは完成するのだった。

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剣と迷宮と異世壊と 橘 乙人 @dora_1293

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